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多和田葉子を読む


多和田葉子はノーベル賞に最も近い日本人作家だそうだ。その理由はおそらく、21世紀の国際社会の現実をもっとも色濃く体現しているということにあろう。20世紀が国家間の戦争に明け暮れた世紀とすれば、21世紀は、人々が国境を超えて歩き回るような、いわゆるグローバル化された世界である。グローバル化された世界は、究極的には個人の背景にある国境というものを無化する方向に働くと思うのだが、いまはそのグローバル化が始まったばかりなので、個人はまだ国籍を背負った状態で、互いに接しなければならないような状態にある。そうした中途半端なグローバル化の状態を、多和田は典型的な形で表現しているのである。

多和田は、大学を卒業するとハンブルグの書籍取りつぎ会社に就職し、以来還暦を迎えるまでドイツで暮らしてきたそうだ。しかもドイツに拠点を置きながら、世界中を歩き回ったらしい。典型的な国際人と言ってよい。そういう境遇が、彼女をある種のコスモポリタンにした。かといって、彼女は日本を完全に捨てたわけではない。彼女のアイデンティティは、日本人ということの上に成り立っている。彼女の小説の語り手たちはみな、自分を日本人として意識しており、そんな日本人が世界中の人々と色々な形で触れ合うところを描いているのである。

日本人として世界中の人々とかかわりを持つ、というのが彼女の創作世界の基本的な設定だ。まずは、彼女が定住することになったドイツで、ドイツ人相手にさまざまな触れ合いの体験をする。彼女の小説は、その体験をもとに書かれているといってよい。彼女の実質上の処女作は「かかとをなくして」であるが、この小説は、ドイツ人社会における異邦人としての日本人の語り手の体験を物語ったものだ。「かかとをなくして」というのは、いわゆる「足が地に着かない」状態を意味している。足が地に着かないとは、その社会に馴染めないということだ。そうした異邦人としての感覚を、多和田はカフカ的なイメージを駆使しながら描き出している。じっさいこの小説を、カフカの二番煎じと受け取った読者は多かった。彼女自身もカフカを意識しているようで、さまざまなところで、カフカに言及している。

というのも、カフカにもチェコで暮らしているドイツ系ユダヤ人として、異邦人の要素があり、その要素が彼女と共通するからだろう。そんなカフカの世界を、哲学者のドゥルーズはマイナー文学と定義した。マイナー文学とは、ある国家社会において、少数民族の言葉で創作するものをいう。カフカは、チェコという国家社会において、少数民族の言語であるドイツ語で創作したのである。だから異邦人の文学と言い換えてもよい。異邦人の文学という点では、多和田も同様である。多和田はドイツ人社会にあって日本語で創作した。ドイツ語でも創作しているが、代表作といわれる作品はみな日本語で書いている。だからドイツ人社会においては、多和田の営みは、カフカのそれと同様マイナー文学と言ってよい。もっとも多和田自身は自分の創作を、マイナー文学とは言わずに、エクソフォニーという言葉で説明している。エクソフォニーとは、母語の外に出た状態をさしている。個人が母語の外に出るのは、今日では個人にとっての日常的な状態となりつつあるから、ある意味個人にとっての普遍的な状態である。そうした状態にある個人を多和田は好んで取り上げるわけで、そういう意味では、21世紀の申し子のような存在だと言ってよい。

にもかかわらず多和田の文章はきわめて日本を意識させる。特に文体がそうだ。多和田の初期の短編小説群はだいたいが息の長い文章で書かれている。それらの文章は、谷崎の一時期の小説や、谷崎が傾倒した源氏物語の文章を想起させる。彼女自身は、そうした息の長い文章を、谷崎や源氏にならったのではなく、ドイツ人であるクライストに刺激されて書いたといっているが、いずれにしても息の長い文章だ。しかも句点が少ないばかりではなく、読点まで省いて、わざと長たらしい文章にして、その分読者に強い緊張を強いている。小説というものは、作家が一方的に読者に向って差し出すのではなく、作家と読者との共同作業で成り立つのだというふうに多和田は考えているようである。

文章を短く区切って明確に書くという作業は、科学の分野では必要なことだ。しかし文学では必ずしもそうではない。文学は明晰さではなく曖昧さのうえに成り立つものだというのが多和田の考え方のようである。明晰さとはものごとの分節のうえに成り立つものだが、ものごとは分節されることで、明晰に認識される一方、ものごとが本来持っていた豊かさがその分損なわれる。分節というものは、ものごとが本来もっている豊穣な内容の一部を切り取って、それで全体を代表させるからだ。しかし文学がめざすのは、ものごとの持つ豊かさをそのまま表現することだ。その表現の仕方は、科学のそれとは異ならざるを得ない。科学の文章は短く区切って明晰に書くことで成り立つが、文学の文章はものごとの本来もっている豊かさを全体として表現したいので、文章もいきおいものごと自体に寄り添うような書き方になる。それは具体的には、言葉のニュアンスを大事にし、また文章も曖昧な意味作用を喚起するようなものになる。

言葉のニュアンスを大事にするという点では、多和田には「文字移植」という興味深い作品がある。これは翻訳をモチーフにした作品だが、その翻訳というのが、原文の言葉を、コンテクストを無視して、直訳したものを並べただけというものだ。直訳であるから非常に読みづらい、というか判読不能に近いと言ってよい。それはコンテクストを無視しているからだ、文章というものはコンテクストが乱れると判読困難になるものなのだ。ところがそれをわざと試みるというのは、言葉を分節される以前の姿で提示することで、その言葉の持っている本来の姿をそのまま示すことが出来ると考えるからだろう。そういうところに多和田の言葉へのこだわりを感じさせられる。

もっともそうした言葉への多和田のこだわりは、次第に克服されて、やがて普通の言葉で表現するようになっていった。小生が読んでの印象では、「容疑者の夜行列車」あたりから、文章は短くなり、かつ明晰さを増してきたようだ。この小説は、文体のうえでは伝統に棹差すものになっているが、二人称で書かれているという点では、きわめてユニークなエクリチュールである。二人称で小説を書くという試みは、十分ありうることとはいえ、じっさいに書かれた例を小生は他に知らないから、これは多和田の大きな業績の一つに数えられるだろう。

小説のテーマということに戻れば、多和田は初期の短編小説群で、グローバル社会に生きる日本人の違和感のようなものへのこだわりを描き続けたわけだが、そのこだわりはそれ自体として示され、必ずしも物語の体裁にはこだわっていなかった。多和田の小説の特徴は、物語ではなく人間のこだわりをそれ自体として示すところにある。したがってエッセーを思わせるような体裁になりがちである。多和田の小説の語り手は、世界中を歩き回りながら、さまざまな場所で感じたことを、脈絡もなく並べるといった体裁なのである。

多和田の小説に物語性が込められるのは、小生が読んだ限りでは、「雲をつかむ話」からではないか。題名からして雲をつかむような取りとめのない話を書いたものだが、筋書きの進行に規則性が認められ、一応物語の体裁はとられている。多和田の先輩で、やはり国際的な人気を誇っている村上春樹が、つよく「物語り」にこだわっているのとは、対照的である。

多和田にはまた、「雪の練習生」のように動物を語り手にしたものや、「献灯使」のようにSFタッチの作品もあって、次第に創作の幅を広げている。還暦を迎えたばかりなので、まだまだ今後の活躍が期待できる。



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