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百年の散歩:多和田葉子を読む


「百年の散歩」を読み出したとき、小生はこれを、都市歩きをテーマにしたルポルタージュのようなものとして受け取った。多和田葉子はベルリン在住の日本人作家だから、そのような資格において、日本人の読者のためにベルリンの街角を紹介しているのだろうと受け取ることができる。じっさいこの作品は、ベルリンについての洒落た案内になっているのである。小生は、一度だけベルリンに旅したことがあり、その折にはミッテ地区のアレクサンダー広場近くのアパルトメントに泊り、ローザ・ルクセンブルグ通りやケーテ・コルヴィッツ広場などを散策したものだ。この本にもそういった場所が出てきて、小生は自分の体験と重ね合わせながら、懐かしい気持で読んだ。しかしこの本は、ベルリンに行ったことがない人でも、読んで面白いものを持っている。

面白さの要素は色々あるが、もっとも読み応えがあるのは、言葉遊びだろう。一つの言葉に様々な意味を重ね合わせながら、言葉と現実世界との固定した対応関係を破壊する。そのことで世界の認識とか受容といった行為に遊びが生まれる。これは日本人の得意とするところで、地口とか洒落と呼ばれる言葉の文化を作り上げてきたほどだ。ドイツ人も言葉遊びは好きなようで、たとえば深遠な思想で知られるハイデガーなどは、言葉の語源を手がかりにして壮大な言葉遊びを楽しんでいる。かれの哲学体系は言葉遊びの百科事典といってよいほどだ。日本人の和辻哲郎などは、ハイデガーの弟子となってドイツ流言葉遊びのテクニックを身につけ、それを日本の伝統的な言葉遊びに接ぎ木して、きわめてユニークな思考をめぐらした。

言葉と現実との対応関係を破壊することを、意味の戯れとか言語の脱臼とか言う。それはハイデガーの場合には言葉の意味をめぐって生じるが、日本の伝統的な言葉遊びにおいては、言葉の音を手がかりに生じる。多和田の場合にも、音を手がかりにして言葉遊びを楽しむ風情がある。たとえば、第一章「カント通り」には次のような一節がある。「あわててビールを注文することはあっても、『おつまみ』という概念はなく、おつまず、つつまず、つつましく、きつねにつままれ、つまらなくなるまで話し続けた」。これは、『おつまみ』に含まれる『つま』という音を手がかりにして言葉遊びが横に広がっていくケースだ。

横への拡がりがあれば、縦方向の広がりもある。上の文章の少し先にグリーンピースの話が出てくる。Kellnerに注文を聞かれてグリーンピースと答えるのだが、このグリーンピースが手がかりになって、環境保護団体の話だとか、鯨の話だとか、えんどう豆の話へと展開していく。これらは互いに実質的な関係にあるわけではなく、グリーンピースという言葉によって結びついているにすぎない。このようにある複数の事柄を、事柄の持つ共通の要素で結びつけることを、修辞学では隠喩という。多和田は隠喩の名人でもあるらしい。

隠喩の話は別にして、グリーンピースを注文する際に、Kellnerから「Was darf es sein」と聞かれ、多和田はそれを「それが何であることを許すか?」と直訳した上で、「グリーンピースの存在を許した」と言っているが、これは小生なら「何がいいですか?」と訳した上で、「グリーンピースがいいです」と答えるところだろう(能がないかもしれないが)。

多和田はドイツで暮らしていることもあって、日本語とドイツ語との関係について敏感らしい。それへのこだわりについては、「言葉と歩く日記」という本の中で意識的に触れられているが、この本の中でもかなりなこだわりを見せている。たとえば出入り口をあらわす言葉。ドイツ語では入口を意味するEingangと出口を意味するAusgangという言葉はあるが、出入口を意味することばはない。それは詐欺のようなもので、名前はどの方向から見ても正しいものでなければならない、と言っている。これは英語でも同じで、Way inとWay out という言葉はあるが、その両方を意味する言葉はない。ロシア語も同様で、ヴホートとヴィホートに分裂しているままである。

万事がこんな調子で、この本は言葉遊びの気楽さに乗って、ベルリンの町を右往左往しているといった具合だ。そこで「百年の散歩」というタイトルだが、これはベルリンの歴史を意識しているということらしい。この本は、ベルリンにあるいくつかの通りとか広場をモチーフにして話が展開して行くのだが、その通りとか広場には、人の名前が附けられていて、それらの人がそれぞれの歴史を背負っている。たとえばカント通りにはカントから連想される歴史があり、レネ・シンテニス広場にはレネ・シンテニスから連想される歴史がある。その歴史の介在が「百年の散歩」というイメージを呼び出したということらしい。ところで小生は、レネ・シンテニスという名前を初めて知ったのだが、この人はユダヤ系の彫刻家だったという。ケーテ・コルヴィッツも彫刻家で、ユダヤ人とかかわりがあったが、彼女自身はドイツ人で、迫害されているユダヤ人に救いの手を差し伸べたと言われる。

ユダヤ人といえば、第二章のタイトル「カール・マルクス通り」のマルクスも、生物学的にはユダヤ人だった。生物学的というのは、彼自身はキリスト教に改宗しており、ユダヤ人コミュニティの定義では非ユダヤ人に分類されるからだ。一方ドナルド・トランプの娘イヴァンカは、逆に改宗してユダヤ教徒になったので、こちらはユダヤ人コミュニティからユダヤ人として遇される資格があるようだ。多和田はマルクスを経済学者として認めているようで、いわゆるお抱え経済学者とは別に遇している。彼女によれば、「よくテレビに顔を出して自信ありげに自説を振り回すお抱え経済学者は駄目。誰が抱えているのか知らないけれど、もしかしたらおかかが抱えている鰹節なら、経済発展説を唸り続けて、希望の味噌汁の出汁にもならない薄い栄養と引き換えにたっぷり出演料をせしめているんだろう」。多和田はドイツのお抱え経済学者のことを言っているらしいが、こんなお抱え経済学者なら日本にも大勢いる。

話をベルリンの歴史に戻すと、ベルリンはフランス人が建設した町だという。そんなことは初めて聞いた。しかしフランスを想起させるものは、たしかにある。たとえばジェンダルムだ。これは都心にあるフランス風の教会の名前で、フランス語で憲兵隊という意味だ。小生も行ったことがある。ソフトクリームを舐めながら伽藍の屋根を見上げたものだが、なかなかおしゃれな建物だった。その教会の建物になぜ憲兵隊などと名づけたか、その理由はわからなかった。

冒頭で述べたように、小生はこの本をルポルタージュ風のエッセーとして読み始めたのだが、どうやら多和田本人はこれを小説のつもりで書いたようだ。この本には、語り手が「あの人」と呼ぶ人物が出てくるのだが、本人は登場しないで、語り手の語りの中で触れられているに過ぎない。この「あの人」を小生は、多和田にとって大切な実在の人物、もしかしたら恋人かも知れないと思いながら読んでいたのだったが、それは小生がお人よしだからそんなふうに受け取るのであって、じっさいには実在する人物ではないようだ。そんな人物を登場させているのは、この本がルポルタージュではなく、想像された世界を描いた小説だということを、仄めかしているようである。

タイトルになった人名は十通り。その中で多和田のこだわりがもっともよく感じられるのはマヤコフスキーではないか。マヤコフスキーは、巨躯の持ち主にかかわらず、少女のように繊細な心を持っていた。そのマヤコフスキーの名を冠した場所は、リングといって環状の道路である。東京にも環状道路はあるが、マヤコフスキーリングは七分もあれば一周できてしまう小規模な環状通りである。なぜそのリングがマヤコフスキーの名を頂戴したか、いきさつは触れられていないが、このリングにはマヤコフスキーを連想させるような仕掛けがいたるところあるように書かれている。それを読むと、多和田がマヤコフスキーに特別な思い入れを持っているように伝わってくる。



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