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自民党改憲草案を読む2:基本的人権の制限


基本的人権の尊重は、立憲主義と並んで民主主義の根幹をなす理念である。それは、人間が生まれながらにして自由かつ平等な存在であって、いかなる権力もそれを侵すことはできないということを、法的に宣言したものである。そんなところから天賦人権説と呼ばれることもある。人間の尊厳があらゆる政治的・社会的関係に先立つということに着目した表現だ。

現行憲法は第3章「国民の権利及び義務」のところで、基本的人権について定めている。

その第十一条で「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」とし、第十二条で「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」とし、第十三条で「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」

ここで述べられているのは、基本的人権が「侵すことのできない永久の権利」であるとしたうえで、国民はそれを乱用してはならず、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うとしながら、公共の福祉に反しない限り最大限尊重されるということである。ここで問題になるのが「公共の福祉に反しない限り」をどう考えるかだが、これについての学問上の通説は、「他人の人権を侵さない限り」という意味であると解釈している。つまり「個人の人権を制限できるのは、別の個人の人権と衝突する場合のみ」という考えで、「一元的内在制約説」と呼ばれている。

自民党の改憲草案のうち、これに相当する部分は次のように書いている。

第十一条は「国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。」とあり、第十二条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。」とあり、第十三条は「全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」と書いてある。

文言が多少変わっただけで、書いている内容な同じではないか、と思われるかもしれない。ところがよく読むとそうではない。まず、最も大きな問題を孕んでいるのが「公益及び公の秩序」という言葉である。これは現行憲法の「公共の福祉」に代る言葉であるが、内包する意味は全く違う。「公共の福祉」でイメージされているのが平等な個人同士の権利の衝突とその調整という事態であるのに対して、ここにいう「公益及び公の秩序」云々という表現は、「国や社会の利益や秩序」が個人の人権よりも大事だという考えに立っている。こういう考え方は「一元的外在制約説」と呼ばれ、大日本帝国憲法における「法律の留保付の人権保障」と変わらないものである。つまり自民党改憲草案は、こと基本的人権に関しては、明治憲法の昔に引き戻したいと考えている、といえる。

自民党はそのような意図を隠そうとしていない。改憲草案と同時に発表した「日本国憲法改正草案Q&A」には次のように書かれている。

「従来の"公共の福祉"という表現は、その意味が曖昧で、わかりにくいものです。そのため学説上は"公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない"などという解釈が主張されています。今回の改正では、このように意味が曖昧である"公共の福祉"という文言を"公益及び公の秩序"と改正することにより、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合だけに限られるものではないことを明らかにしたものです」

自民党はこのようにいって、「公共の福祉」に代え「公益及び公の秩序」という文言を持ち出したことを認めているが、何が公益で何が公の秩序なのかについては明言していない。それは為政者が決める事柄だと言わんばかりである。

以上は、基本的人権についての総説のような部分だが、個別の権利規定についても、権利を制約しようとする姿勢が目立っている。

例えば、表現の自由に関する部分である。現行憲法では第21条で、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを補償する。 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と定めているが、これに対応する自民党改憲案は、第一項はそのままだが、次のような文章を第二項として付け加えている。「2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」

つまりここでも「公益及び公の秩序」という言葉を持ちだし、政府が公益と考えるものに反することを制限する意図が見られる。これでは戦前の治安維持法のような法律も合憲となる可能性が強くなるというものだ。

現行憲法は、憲法の最高法規性をうたった第10章においても基本的人権の尊重を強調している。すなわち第97条では次のように書かれている。

「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」

この部分が自民党改憲草案からはごっそりと抜け落ちている。何故これを排除したのか、その理由について自民党のQ&Aは特に触れていない。まさか「邪魔だから」とはいえないからか。ともあれ、自民党の人権嫌いは相当のものである。逆に自民党が好きなのは、国民に義務を課すことで、国歌や国旗の尊重義務に始まり、憲法を尊重する義務や、果ては家族同士助け合う義務まで押し付けようとしている。国民としては、そんなことはわざわざ憲法に書かなくてもわかっている、余計な御世話だ、といいたくなろうというものだ。

ところが自民党にとっては、余計なお世話ではない、ということのようだ。こう書いておけば、国民個人が困ったときにはまず家族がそれを助けるのが筋で、なんでもかんでも国に期待するのは筋違いだ、といえるからだろう。




  
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