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大田南畝


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借物の辯:横井也有の鶉衣


大田南畝は蜀山人という名で、昭和のはじめ頃まではよく知られていた。一休さんや良寛和尚と並ぶ頓知の名人としてである。いわば伝説化されたキャラクターであったわけだが、それは才知溢れた狂歌や、反骨的な精神が民衆の支持を得た結果だったといえる。

素顔の大田南畝は、幕臣の下級役人として、70過ぎの高齢まで細々と生きた。下級役人であるから、いつまでもウダツは上がらない。そんな鬱憤を文業のうちに吐いたというのが、正直なところだ。

大田南畝の文業は多岐に渉る。少年の頃から天才振りを発揮した彼は、18歳で処女詩集を出版した。詩集というのは漢詩を下敷きにした遊び、つまり狂詩のことである。南畝は、自分の本分は漢詩にあると考えていて、本物の漢詩も生涯にわたって作り続けた。

狂詩は高等な遊びであるので、庶民にはわからない。そこで南畝は庶民にもわかりやすいように狂歌というものを作った。天明時代は狂歌が花開いた時代だが、南畝はそのリーダー格だったのだ。

この他戯作や小説も書いた。しかし彼の真骨頂はやはり狂歌だったといえる。蜀山人伝説のもとになっているのは、彼が残したおびただしい狂歌だったのだ。

大田南畝全集が岩波書店から刊行されたこともあり、今日南畝の著作には誰でも近づきやすくなっているが、読むものはほとんどいないといってよい。南畝の時代と現代とでは、文化の背景が余りにも変わってしまったからだろう。


    

  
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