日本語と日本文化


地獄絵:西行を読む


「聞書集」には、「地獄絵を見て」と題する歌以下、地獄絵を見た感想を詠んだものが二十七首載っている。「聞書集」は西行最晩年の歌集と考えられるところから、これら一連の歌も、「たはぶれ歌」同様西行最晩年の作と考えられる。「地獄絵」というのは、浄土信仰の普及に伴って、極楽浄土の素晴らしさを強調するための反面教師のようなものとして、描かれたもののようで、その背後には源信の「往生要集」の影響を見ることが出来る。西行は往生要集を読んでいただろうから、そこでの記述にあらわれた地獄の様子を思い描きながら、地獄絵を見たと思われる。

このように地獄絵は、浄土信仰と密接な関係があるが、晩年の西行が浄土信仰を深く抱くに至ったかどうかについては、明らかではない。ただ、あの「願はくは花の下にて春死なん」の歌をとりあげて、桜の花は浄土の象徴であって、そこには西行の浄土信仰が色濃く見られると指摘する吉本隆明のような見方がないわけではない。

ここでは、西行の地獄絵を詠った歌から、彼の浄土信仰の一端がうかがわれるかどうか、推測してみたいと思う。

  見るも憂しいかにかすべき我心かかる報の罪やありける(聞198)
これは二十七首の冒頭にある歌で、地獄絵で見る地獄のありさまがあまりにもすさまじいのに驚き、もし自分もここに落とされるのだとしたら、それはどんな罪によるのかと、自分の行末を案じていると思われる歌だ。地獄についての強い受け止め方がなければ、地獄を恐れることもないわけだから、西行は、すくなくとも歌の上では、地獄の存在を信じているふりをしているわけである。

  受けがたき人の姿に浮かみ出でて懲りずや誰も又沈むべき(聞201)
前世いた地獄から折角人間の姿に生まれ変わったのに、また懲りずに地獄へ舞い戻るのはどうしたことか、それは人間が弱いからだ、というような諦念を詠ったもののようである。世界を六道にわけ、その中に人間界や地獄を位置づけるのは、浄土教ならずとも、仏教個有の思想だ。仏教の究極的な教えは、六道の輪廻を脱することだが、浄土経では極楽浄土に生まれかわることの至楽を説くのである。

  鉄の爪の剣のはやきもてかたみに身をも屠るかなしさ(聞203)
爪のようにするどい鉄の剣で互いに付き合い、亡ぼし合うことのかなしさを嘆いた歌で、地獄のすさまじさを身をもって恐れる様子が伝わってくる。往生要集での地獄の描写や地獄絵に描かれた様子は、人々に地獄への恐怖と浄土への憧れの気持を高める手法となっている。それを西行も素直に受け入れているといえよう。
  
  罪びとは死出の山辺の杣木かな斧の剣に身を割られつつ(聞205)
これには、「すなわと申す物打ちて、身を割りける所を」という詞書が付いている。すなわとは、墨縄のこと。大工が材木に直線を引く為に使う道具だ。地獄では獄卒がその墨縄を用いて罪びとの身を引き裂く、それがいかにも恐ろしい、と詠っているわけだ。

  なべてなき黒き焔の苦しみは夜の思ひの報なるべし(聞208)
これには「黒き焔の中に男女燃えける所を」という詞書がついている。男女が地獄で黒い焔に包まれて苦しんでいるのは、この世での夜に楽しい思いをした報いだというわけである。人間は煩悩に負けることで地獄に落ちる。だから煩悩に負けないようにせねばならぬ、といった教訓がこの歌からは伝わってくる。

  隙もなき焔の中の苦しみも心発せば悟りにぞなる(聞213)
これは地獄で焔に包まれ苦しんでいても、心次第では悟りを得て、浄土へ導かれる可能性があるのだと主張していると受け取れなくもない。たとえ地獄へ落とされても、信仰次第では救われるということか。

地獄といえば、そこに地蔵菩薩が赴いて罪人を導いてくれるという信仰があった。西行もそのことに触れ、「ただ地獄菩薩を頼みたてまつるべきなり、その憐みのみこそ、あか月ごとに焔の中に分け入りて、悲しみをば訪ひ給ふなれ、地獄菩薩とは地蔵の御名なり」といって、いくつかの歌を詠んでいる。そのうちの一つ
  すさみすさみ南無と唱へし契りこそ奈落が底の苦に代りけれ(聞223)
地獄にいても、気晴らしに南無と唱えれば、地獄の底にいる苦しみも和らぐ、という意味だろう。これは地蔵信仰の表白と受け取れるのだが、ひいてはそれが浄土信仰につながってゆくのだと、受け取れるようでもある。

こうしてみると、西行は地獄の存在を幾分か信じていたようでもあり、また、地獄の対極にある極楽浄土への憧れも、多少抱いていたと思えなくもない。もっともそれは、仏道者としての強い信仰をあらわすというより、とりあえず仏教的世界観を以てこの世に生きることの意義を考えるという、当時の日本人に共通するスタンスを、西行も共有していたに過ぎないとする吉本の冷めた見方もあるわけだが。




  
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