日本語と日本文化


大峰修行:西行を読む


西行はたびたび吉野を訪ね、庵を結んで修行したこともある。その吉野の奥に大峰がある。古来修験道の聖地といわれたところだ。単に修験道の聖地というにとどまらず、さまざまな民衆信仰を集めていた。説教の題目に「小栗判官」があるが、墓からよみがえってゾンビの様相を呈した小栗判官が、足弱車に乗せられてはるばる藤沢から大峰にいたり、そこの湯につかってゾンビから普通の人体に戻ったとある。このゾンビはらい病を表象したものだ。大峰はらい病を癒す効験を持った尊いところだったわけである。

小栗判官の伝説は西行よりずっと時代を下った話だが、西行の時代にも、大峰のありがたさは民衆の間で強く抱かれた感情だったろう。その大峰に西行がなぜ拘ったか。西行には、真言宗の修行僧という面のほかに、本地垂迹とか修験道への傾斜とかいったさまざまな傾向が共存し、それが大峰信仰と結びついたのではないか。

西行の大峰修行については、「古今著聞集」に記載がある。

「西行法師、大峰を通らんと思ふ志深かりけれども、入道の身にては常ならぬ事なれば、思ひ煩ひて過ぎ侍りけるに、宗南坊僧都行宗、其の事を聞きて、何か苦しからん、結縁のためにはさのみこそあれ、と言ひければ、悦びて思ひ立ちけり。かやうに候ふ非人の、山伏の禮法正しうして、通り候はんことは、すべて叶ふばけらず。ただ何事をも免じ給ふべきならば、御ともつかまつらん、と言ひければ、宗南坊、其の事はみな存知し侍り。人によるべき事なり。疑ひあるべからず、と言ひければ、悦びて、すでに具して入りにけり。宗南坊、さしもよく約束しつる旨を、みな背きて、礼法を厳しくして、責めさいなみて、人よりも殊に痛めければ、西行涙を流して、我は本より名聞を好まず、利養を思はず、只結縁の為にとこそ思ひつる事を、かかる驕慢の職にて侍りけるを知らで、身を苦しめ心を砕く事こそ悔しけれ、とて、さめざめと泣きけるを、宗南坊聞きて、西行を呼びて言ひけるは、上人道心堅固にして、難行苦行し給ふ事は、世以て知れり。人以て帰せり。其のやんごとなきにこそ此の峰をば許し奉れ。先達の命に随ひて身を苦しめて、木をこり水をくみ、或いは勘発の詞を聞き、或いは杖木を蒙る、是れ則ち地獄の苦を償のふなり。日食少しきにして、餓え忍び難きは、餓鬼の哀しみを報ふなり。又重き荷をかけて、さかしき嶺を越え深き谷をわくるは、畜生の報を果たすなり。かくひねもすに夜もすがら身をしぼりて、暁懺法をよみて、罪障を消除するは、已に三悪道の苦患を果たして、早く無垢無惱の寶土にうつる心なり。上人出離生死の思ひありと雖も此の心を辨えずして、濫りがはしく名聞利養の職なりと言へる事、甚だ愚なり、と恥しめければ、西行掌を合はせて随喜の涙を流しけり」

これは、修験者の先導で大峰に入った西行が、さまざまな難行苦行を課されて悲鳴をあげながらも、修験道の修行に励むという話である。文中に「入道の身にては常ならぬ事」とあるとおり、僧が修験道を修行することが奇異とされていたところへ、西行はわざわざ志願して修験道の修行に励んだというのである。西行の宗教意識の一端がうかがわれる面白い話である。

大峰修行中に詠んだと思われる歌が「山家集」に収められている。
「大峰の深仙と申所にて月を見てよみける
  深き山に澄みける月を見ざりせば思出もなき我身ならまし(山1104)
  峰の上も同じ月こそ照らすらめ所がらなるあはれなるべし(山1105)
  月澄めば谷にぞ雲は沈むめる峰吹はらふ風にしかれて(山1106)
深仙は大峰に百二十あったという霊場のうちの三十八番行場。ここの月を見なかったなら、生涯の思い出を持つことがなかっただろうと詠むほど西行は大峰の月に拘っている。そのこだわりについて寂聴尼は、この霊場で五十七日間岩に座して修行したという行尊への西行の敬愛を指摘している。

大峰の東には姨捨の峰が見える。その山を西行は詠っている。
「姨捨の峰と申所の見わたされて、思なしにや、月ことに見えければ
  姨捨は信濃ならねどいづくにも月澄む峰の名にこそ有けれ(山1107)
この姨捨の峰とは、伯母が峰というのだが、その峰に月がかかっているところが、やはり月に縁が深い信濃の姨捨山を連想させたというわけであろう。西行は桜の歌人であるとともに、月の歌人でもあったのである。




  
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