日本語と日本文化


合甫:動物(魚類)報恩譚(能、謡曲鑑賞)


能「合甫(かっぽ)」は、漁師に釣られた魚が通りがかりの者に助けられ、そのお礼に宝を差し上げるという内容の、一種の動物報恩譚である。中国を舞台にしているが、出典は不明。小品ながら、さわやかな印象の作品である。

能の本体は舞が中心で、物語らしいものを感じさせないが、その間隙を狂言方が埋めることによって、全体像を形成している。能と狂言が一体化している点において、狂言の存在感が非常に強い作品である。

舞台にはまずワキと、続いて狂言方が登場する。(以下、テキストは「半魚文庫」を活用)

ワキ詞「これは唐土合甫と申す處に住まひする者にて候。今日は日もうらゝに候ふ程に。浦に出て釣するを眺めばやと存じ候。

(狂言シカジカ)浦の漁師に扮した狂言方が、竿を振り回して釣りのまねをし、そのうち一匹の魚を吊り上げる。漁師は見慣れぬ形の変わった魚だと感心する。

ワキは、殺生はいけないことだから話してやれと漁師に言うが、漁師は釣った魚を逃がす漁師があるものかと首を縦に振らない。そこで、ワキは漁師に金を払って魚を逃がしてやる。

すると釣られた魚に扮した狂言が鮫の面を被って現れ、釣られた不覚や助けられたことへの感謝を述べる。ここまでが、物語の導入部である。

前シテは童の姿で登場する。ワキの宿に近づくと、一夜の宿を貸したまえと呼びかける。童の姿がなんとなく人間離れしているので、ワキが不思議に思うと、自分は先ほど命を助けられた魚の精だと名乗り、宝を差し上げたいから、合甫の浦に来て欲しいといって去る。

シテ一セイ「わたづみの。そこともいさや白浪の龍の都を。出づるなり。
詞 いかにこの屋の内に主やまします。一夜の宿を貸し給へ。
ワキ「日もはや暮れて戸ざしつるに。宿とは誰にてましますぞ。
シテ「よし誰なりともその情に。一村雨の雨宿。一夜の宿を貸し給へ。
ワキ「叩く水鶏の外面に立つや久方の。埴生の小屋に小雨降る。
シテ「床冴えぬれば。
ワキ「我妹子が。
地上歌「ひぢ笠の。雨は降り来ぬ雨宿。雨は降り来ぬ雨宿の。頼む木蔭かや。一樹の蔭の宿も。此世ならぬ契なり。一河の流を汲みて知る。合甫の浦の江のほとり。魚類もなどや命恩の。その情をば知らざらん。その情をば知らざらん。
ワキ詞「何と見申せども更に人間とは見え給はず候。名を御なのり候へ。
シテ「今は何をか包むべき。われは鮫人といへる魚の精なり。命をつがれ参らせし。報謝の為に来りたり。我が泣く涙の露の玉。絶えぬ宝となるべきなり。
地「鮫人涙に。玉をなして命恩を。宝珠を猶も捧げて合甫にも入らせ給へと前なる。渚の波の上に。いるよと見えつるが。白魚となつて其侭に。ひれふして失せにけり跡ひれふして失せにけり。

(来序中入)中入では、魚の面を被った狂言が三人ほど現れ、仲間が不覚にも釣られてしまったこと、心ある人によって命を助けられたこと、是非お礼をしたいものだなどと、口々に説明する。

後シテは先ほど釣られた鮫である。助けられたお礼に舞を舞い、宝の玉を献上する。

後シテ「龍女は如意の宝珠を釈尊に捧げ。変成就の法をなし。
地「奈落や奈落の底の。白魚なれどもなど命恩を。報ぜざらんと。波立ち騒ぎ。潮うづまいて。うたかたの上にぞ現れたる。

(舞働)ここで、太鼓入りの賑やかな舞働が入る。

シテ「是こそ真如の玉の緒の。
地「これこそ真如の玉の緒の。寿命長遠息災延命の宝の玉は。当来までの。二世の願も。成就なるべしこれまでなりや。織りつる綾の。浦は合甫。玉は二度かへる波の。千秋万歳の宝の玉は。千秋万歳の宝の玉は。合甫の浦にぞをさまりける。


    


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