日本語と日本文化


巴:巴御前と木曽義仲(能、謡曲鑑賞)


能「巴」は巴御前と木曽義仲の悲しい死に別れを描いた作品である。分類上は修羅者に入れられるが、通常の修羅者とは趣を異にしている。

修羅者では合戦に敗れて死んだ武将の幽霊が前段で登場し、ワキに読経して弔ってくれと言い残して消え去った後、後段では生前の姿で現れて華々しい戦の場面を再現する。しかしこの能の主人公は女であり、しかも闘いに死んだわけでもない。

主人公の巴は木曽義仲の愛妾として、義仲と最後まで行動をともにし、一緒に討ち死にしようとするところを、女だからという理由で、義仲から一人逃げ延びるように諭される。それでも立ち去りかねて、敵の武将と一戦を交えたりするが、最後には義仲の強い言葉に煽られて、ひとり逃げ延びる。

能ではその巴が、義仲をおいてひとり逃げたことの無念さを、戦死の無念さに劣らぬものとして描いているのである。

作者は不明であるが、平家物語第九巻「木曽最後」に題材をとっていると思われる。巴御前が歴史上の人物として登場するのは、平家物語のこの部分においてだけである。

平家物語は、巴御前について次のように書いている。

「木曽は信濃をいでしより巴、山吹とて二人のびぢよをぐせられたり。山吹はいたはりあつて都にとどまりぬ。なかにも巴は色しろうかみながく、容顔誠に美麗なり。くつきやうの荒馬のりの、あくしよおとし、弓矢うちものとつては、いかなる鬼にも神にもあふといふ、いちにんたうぜんのつはものなり。さればいくさといふときは、さねよきよろひきせ、つよゆみ、大太刀持たせて、いつぱうのたいしやうにむけられけるに、どどのかうみやう、肩をならぶるものなし。さればこんどもおほくのものおちうせ、討たれけるなかに、七騎がうちまでも、巴は討たれざりけり。」

このように平家物語では、巴は容顔ずぐれた美女であるとともに、一騎当千の兵として描かれている。能は、その巴の兵としての働き振りと、義仲との別れに臨んでの、女らしい優しさを併せて描く

全体の構成は複式夢幻能の体裁にしたがっている。前段では、ワキが義仲最後の地近江の粟津にさしかかったときに巴の幽霊が現れて、経を読誦して欲しいといって消え去り、後段では生前の女武者の姿で現れ、勇壮な戦いの舞と、義仲との悲しい別れのさまを演ずる。

前段では、巴は自分のことについては詳しく語らず、かわって間狂言が説明する。これもこの作品のユニークな部分である。

舞台にはまず、ワキの僧と従者三名が登場し、名乗りを上げた後にワキ座に座る。(以下テクストは「半魚文庫」を活用)

ワキ次第「行けば深山{みやま}も麻裳{あさも}よい。行けば深山も麻裳よい。木曽路の旅に出でうよ。
ワキ詞「これは木曽の山家{やまが}より出でたる僧にて候。われ未だ都を見ず候ふ程に。此度思ひ立ち都に上り候。
道行「旅衣。木曽の御坂{みさか}を遥々と。木曽の御坂を遥々と。思ひ立つ日も美濃尾張。定めぬ宿の暮ごとに。夜を重ねつゝ日を添へて。行けば程なく近江路や鳰{にほ}の海とは。これかとよ。鳰の海とは。これかとよ。
詞「急ぎ候ふ程に。江州粟津{あはづ}の原とやらんに着きて候。此所に暫く休らはばやと思ひ候。

そこへ里の女に扮したシテが登場する。僧たちは女が涙に暮れているのを見てそのわけを尋ねると、女は行教和尚の「何事のおはしますとは知らねども忝さに涙こぼるゝ」という歌を歌って返す。この歌は史実としては西行のものとされており、平家物語では触れていない。

シテサシ会釈「面白や鳰{にほ}の浦波静かなる。粟津の原の松蔭に。神を斎{いは}ふやまつりごと。げに神感も頼もしや。
ワキ詞「不思議やなこれなる女性{によしやう}の神に参り。涙を流し給ふ事。返す/\も不審にこそ候へ。
シテ「御僧はみづからが事を仰せ候ふか。
ワキ「さん候神に参り涙を流し給ふ事を不審申して候。
シテ「おろかと不審し給ふや。伝へ聞く行教和尚は。宇佐八幡に詣で給ひ一首の歌に曰く。何事のおはしますとは知らねども。
詞「忝さに涙こぼるゝと。かやうに詠じ給ひしかば。神も哀とや思し召されけん。御衣の袂に御影{みかげ}をうつし。それより都男山に誓を示し給ひ。国土安全を守り給ふ。
ワキ「やさしやな女性なれどもこの里の。都に近き住居とて。名にしおひたるやさしさよ。

女は僧たちが木曾のものだと知り、なつかしさの気持ちも加わって、木曽義仲のためにねんごろに読経するよう頼んで消えていく。

シテ詞「さて/\御僧の住み給ふ。在所はいづくの国やらん。
ワキ「これは信濃}の国木曽の山家の者にて候。
シテ「木曽の山家の人ならば。粟津が原の神の御名を。問はずは如何で知り給ふべき。これこそ御身の住み給ふ。木曽義仲の御在所。同じく神と斎はれ給ふ。拝み給へや旅人よ。
ワキ「不思議やさては義仲の。神とあらはれこの処に。ゐまし給ふは有難さよと。神前に向ひ手を合はせ。
地上歌「古の。これこそ君よ名は今も。これこそ君よ名は今も。有明月の義仲の。仏と現じ神となり。世を守り給へる誓ぞ。有難かりける。旅人も一樹の蔭。他生の縁とおぼしめし。この松が根に旅居し夜もすがら経を読誦{どくじゆ}して。五衰{ごすゐ}を。慰め給ふべし。有難き値遇かなげに有難き値偶かな。さるほどに暮れて行く日も山の端に。入相の鐘の音の。浦回{うらわ}の波に響きつゝ。いづれも物凄き折節に。われも亡者も来りたり。その名をいづれとも。知らずはこの里人に。問はせ給へと夕暮の。草のはつかに入りにけり。草のはつかに入りにけり

(中入間)中入では狂言方が出てきて、この地における木曽義仲の最後の様子と、巴御前のことについて、詳しく物語る。

狂言方が去ると、ワキの待謡に誘われて、後シテが登場する。戦装束に鉢巻を結び、手には長刀を持っている。

ワキ上歌待謡「露をかたしく草枕。露をかたしく草枕。日も暮れ夜にもなりしかば。粟津が原のあはれ世の。亡影{なきかげ}いざや。弔{とぶら}はん。亡影いざや弔はん
後シテ一声「落花空しきを知る。流水心無{こゝろな}うしておのづから。すめる心はたらちねの。
地「罪も報も因果の苦しみ。今は浮まん御法{みのり}の功力に草木国土も成仏なれば。況や生ある直道{ぢきだう}の弔らひ。かれこれ何れも頼もしや。頼もしやあら有難や。

女は自分こそ女武者巴その人だと名乗り、長刀を振りかざすとともに、義仲と最後をともにできなかった無念さを語る。

ワキ「不思議やな粟津が原の草枕を。見れば有りつる女性なるが。甲胄{かつちう}を帯する不思議さよ。
シテ詞「なか/\に巴といひし女武者。女とて御最後に。召し具せざりしそのうらみ。
ワキ「執心残つて今までも。
シテ「君辺に仕へ申せども。
ワキ「怨みは猶も。
シテ「荒磯海の。
地「粟津の汀にて。波の討死末までも。御供申すべかりしを。女とて御最後に。捨てられ参らせし恨めしや。身は恩のため。命{めい}は義による理{ことわり}。誰か白真弓取の身の。最後に臨んで功名を。惜まぬ者やある。

ここでシテは床机に腰掛けながら、時に長刀を振りかざすイグセを演ずる。

クセ「さても義仲の。信濃を出でさせ給ひしは。五万余騎の御勢くつばみをならべ攻め上る。礪波山{となみやま}や倶利伽羅志保{くりからしほ}の合戦に於ても。分補功名{ぶんどりこうみやう}のその数。誰に面を越され誰に劣る振舞の。なき世語{よがたり}に。名ををし思ふ心かな。
シテ「されども時刻の到来。
地「運槻弓の引く方も。渚に寄する粟津野の。草の露霜と消え給ふ。所はこゝぞお僧達。同所の人なれば順縁{じゆえん}に弔はせ給へや。

つづくロンギでは、義仲の最後の様子が語られる。

ロンギ「さて此原の合戦にて。討たれ給ひし義仲の。最後を語りおはしませ。
シテ「頃は睦月つの空なれば。
地「雪はむら消に残るをたゞかよひぢと汀をさして。駒をしるべに落ち給ふが。薄氷の深田に駆けこみ。弓手{ゆんで}も馬手{めて}も鐙は沈んでおりたゝん便りもなくて。手綱にすがつて鞭を打てども。引く方もなぎさの浜なり前後を忘{ほう}じて控へ給へり。こは如何に浅ましや。かゝりし所にみづから駆けよせて見奉れば。重手{おもで}はおひ給ひぬ乗替{のりかへ}に召させ参らせ。この松原に御供し。はや御自害候へ。巴も供と申せば。そのとき義仲の仰には。汝は女なり。しのぶ便もあるべし。これなる守小袖を。木曽に届けよこの旨を。背かば主従三世の契絶えはて。ながく不興とのたまへば。巴はともかくも。涙にむせぶばかりなり。

巴は義仲にいさめられながらも、すぐさまには立ち去りかねて、敵の武将と一線を交えようとする。この部分は平家物語の次の叙述をそのまま踏まえているとみられる。

「ひやくきばかりがなかを、かけわりかけわりゆくほどに、主従ごきにぞなりにける。ごきがうちまでも、ともゑはうたれざりけり。木曽どのともゑをめして、「おのれはをんななれば、これよりとうとういづちへもおちゆけ。義仲はうちじにをせんずるなり。もしひとでにかからずは、じがいをせんずれば、義仲がさいごのいくさに、をんなをぐしたりなどいはれんこと、くちをしかるべし」とのたまへども、なほおちもゆかざりけるが、あまりにつよういはれたてまつて、「あつぱれよからうかたきのいでこよかし。木曽どのにさいごのいくさしてみせたてまつらん」とて、ひかへてかたきをまつところに、ここに武蔵のくにの住人、おんだのはちらうもろしげといふだいぢからのかうのもの、さんじつきばかりでいできたる。」

能では、この部分が次のように展開していく。

シテ「かくて御前を立ち上り。
地「見れば敵の大勢あれは巴か女武者。余すな漏らすなと。敵手{かたきて}繁くかゝれば。今は引くとも遁るまじ。いで一軍{ひといくさ}嬉しやと。巴少しも騒がすわざと敵を近くなさんと。薙刀引きそばめ。少し怒るゝ気色なれば、敵は得たりと。切つてかゝれば。薙刀ぎ柄長くおつ取りのべて。四方を払ふ八方払。一所に当る木の葉返し。嵐も落つるや花の瀧波{たきなみ}枕をたゝんで戦ひければ。皆一方に。切り立てられて跡も遥{はるか}に見えざりけり。跡も遥{はるか}に見えざりけり。

いよいよ義仲最後というときに当って、巴は義仲から白衣を賜り、これを着て落ち延びろと命じられる。

シテ「今はこれまでなりと。
地「今はこれまでなりと。立ち帰り我が君を。見たてまつればいたはしや。はや御自害候ひて。この松}が根に伏し給ひ御枕のほどに御小袖。肌の守を置き給ふを。巴泣く/\賜はりて。死骸に御暇{おんいとま}申しつゝ。行けども悲しや行きやらぬ。君の名残を如何にせん。

(物着)ここで物着があり、巴は武者姿から普通の女の姿に変身する。旅姿に傘を持ち、手には長刀の代わりに小太刀を抱えた姿である。その姿で、静かに舞う様子は、それまでの戦いの舞とはがらりと趣向を変え、能に変化をもたらすものとなっている。

地「とは思へどもくれぐれの。御遺言の悲しさに。粟津の汀に立ちより。上帯切り。物の具心静かに脱}ぎ置き。梨打烏帽子同じく。かしこに脱ぎ捨て。御小袖を引きかづき。その際までの佩添{はきそ}への。小太刀を衣に引き隠し。処はこゝぞ近江なる。信楽笠を木曽の里に。涙と巴はたヾひとり落ち行きしうしろめたさの執心を弔ひてたび給へ。執心を弔ひてたび給へ


    


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