日本語と日本文化


仏法僧(四):雨月物語


 御堂のうしろの方に仏法々々と啼く音ちかく聞ゆるに、貴人杯をあげ玉ひて、例の鳥絶えて鳴かざりしに、今夜の酒宴に榮あるぞ、紹巴いかにと課せ玉ふ。法師かしこまりて、某が短句公にも御耳すゝびましまさん。こゝに旅人の通夜しけるが、今の世の俳諧風をまうして侍る。公にはめづらしくおはさんに召して聞かせ玉へといふ。それ召せと課せらるゝに、若きさむらひ夢然が方へむかひ、召し玉ふぞ、ちかうまゐれと云ふ。夢現ともわかで、おそろしさのまゝに御まのあたりへはひ出づる。法師夢然にむかひ、前によみつる詞を公に申し上げよといふ。夢然恐る恐る、何をか申しつる更に覺え侍らず。只赦し給はれと云ふ。法師かさねて、秘密の山とは申さゞるや。殿下の問はせ玉ふ。いそぎ申し上げよといふ。夢然いよいよ恐れて、殿下と課せ出され侍るは誰にてわたらせ玉ひ、かゝる深山に夜宴をもよほし給ふや。更にいぶかしき事に侍るといふ。

 法師答へて、殿下と申し奉るは、關白秀次公にてわたらせ玉ふ。人々は木村常陸介、雀部淡路、白江備後、熊谷大膳、粟野杢、日比野下野、山口少雲、丸毛不心、隆西入道、山本主殿、山田三十郎、不破万作。かく云ふは紹巴法橋なり。汝等不思議の御目見えつかまつりたるは、前のことばいそぎ申し上げよといふ。頭に髪あらばふとるべきばかりに凄しく肝魂も虚にかへるこゝちして、振ふ振ふ、頭陀嚢より清き紙取り出して、筆もしどろに書きつけてさし出すを、主殿取りてたかく吟じ上る
  鳥の音も秘密の山の茂みかな

 貴人聞かせ給ひて、口がしこくもつかまつりしな。誰此の末句をまうせとのたまふに、山田三十郎座をすゝみて、某つかうまつらんとて、しばしうちかたふきてかくなん
   芥子たき明すみじか夜の牀

 いかゞあるべきと紹巴に見する。よろしくまうされたりと公の前に出すを見玉ひて、片羽にもあらぬはと興じ給ひて、又杯を揚てめぐらし給ふ。

 淡路と聞えし人にはかに色を違へて、はや修羅の時にや、阿修羅ども御迎ひにあると聞え侍る。立たせ玉へといへば、一座の人々忽面に血をそそぎし如く、いぎ石田・増田が徒に今夜も泡吹せんと勇みて立ち躁ぐ。秀次木村に向はせ給ひ、よしなき奴に我が姿を見せつるぞ。他二人も修羅につれ來れと課せある。老臣の人々かけ隔たりて聲をそろへ、いまだ命つきざる者なり。例の惡業なせさせ玉ひそといふ詞も、人々の形も、遠く雲井に行くがごとし。

 親子は氣絶えてしばしがうち死に入りけるが、しのゝめの明けゆく空に、ふる露の冷やかなるに生き出しかど、いまだ明けきらぬ恐しさに、大師の御名をせはししく唱へつゝ、漸日出ると見て、いそぎ山をくだり、京にかへりて藥鍼の保養をなしける。一日夢然三条の橋を過る時、惡ぎやく塚の事思ひ出るより、かの寺眺められて白昼ながら物凄しくありけると、京人にかたりしを、そがまゝにしるしぬ。


(現代語訳)
御堂のうしろの方で仏法々々と鳴く声が身近に聞こえる。貴人は杯をあげて、「この鳥の鳴き声をずっと聞かなかったが、今夜鳴いて酒宴に興を添えたわい。紹巴はどうじゃ」と言う。法師はかしこまって、「それがしの句はお耳に聞き飽きたでしょう。ここに旅人が通夜をしておりますが、そのものが今風の俳句を読んでございます。公にはめずらしく聞こえると存じますので、お召しになりなされ」と言う。公は「では召せ」とおっしゃる。若い侍が夢然の方に向かって、「お召しだぞ、近うまいれ」と言うと、夢然は夢うつつともわかたず、恐ろしさの余り前へ這い出た。法師が夢然に向かって、「さっき読んだ句を公に申し上げよ」と言う。夢然は恐る恐る、「何を読みましたか覚えておりません。ただお許しください」と言うと、法師は重ねて、「秘密の山とは言わなかったか。殿下がお望みなのだ、急いで申し上げよ」と言う。夢然はいよいよ恐れて、「殿下とおっしゃられますのはどなたでございましょう。こんな山中で夜宴を催されるとは、とてもいぶかしいことでございます」と言う。

法師が答えて、「殿下と申し上げたのは関白秀次公じゃ、他の人々は木村常陸介、雀部淡路、白江備後、熊谷大膳、粟野杢、日比野下野、山口少雲、丸毛不心、隆西入道、山本主殿、山田三十郎、不破万作。かくいう自分は紹巴法橋じゃ。御前たちはこうして不思議にもお目見えしたからには、さっきの句を急いで申し上げよ」と言う。夢然は、頭に髪があったら怒髪するばかりにすさまじい思いがし、肝魂も消え入る心地がしたが、震えつつも、ズタ袋から白紙を取り出し、それに筆もしどろに文字を書き付けて差し出した。主殿がそれを受け取って声たかく読み上げた。
  鳥の音も秘密の山の茂みかな

貴人はこれをお聞きになって、「こざかしくも読みおったな。だれかこれに下の句をつけよ」とのたまうと、山田三十郎が座を進み出て、「それがしがつかまつりましょう」と言いつつ、しばらく思案したあとで
  芥子たき明すみじか夜の牀
と読んで、さあどうでしょうと紹巴に見せる。紹巴が「よくできておる」と言ってそれを公の前に出すと、公はそれを見て、「まんざらでもない」と興じなされ、また杯をあげて皆に廻した。

淡路と言った人が俄に顔色を変えて、「はや修羅のときか、阿修羅どもが迎えにきたようです。お立ちなされ」と言うと、一同顔に血を注いだように赤くなって、「いざ石田・増田の徒に今夜も一泡ふかせてやろう」と言って立ち騒いだ。秀次は木村に向かって、「つまらぬものに姿を見られてしまった。この二人も修羅に連れて来い」と命じられる。すると老臣たちが制止して、声を揃え、いまだ寿命のある者です。いつものような悪業はなされますな」と言う。その言葉も、人々の姿も、遠く雲の中を行くように消えていった。

親子は気絶してしばし死んだようになっていたが、夜の明け行く空に、降りた露の冷たさで目が覚めたが、まだ夜の明け切らぬ恐ろしさで、大師の名号を唱えながら、ようやく日が出ると見ると、急いで山を下り、京に帰って療養した。ある時、夢然が三条の橋を渡っているとき、悪逆塚のことを思い出し、あの寺がしきりに気になって、白昼ながらものすさまじい気分になった、と京の人に語った。これはその語ったままに記したものである。


(解説)
クライマックスは、夢然が紹巴に促されて貴人に自分の句を披露するところ。そしてそれに、連句のかたちで句の付けあわせが行われるところである。こうすることで秋成は、この話を単なる怪談にとどめず、風流話としても仕立てているわけである。紹巴を登場させるからには、そうしないでは収まりがつかない、と考えたのだろう。

夢然が読んだ句の中の「秘密の山」は、密教の本山である高野山を指す。付け句にある「芥子」は密教の修行に不可欠なゴマの材料であって、さらにそれに「消し」をかけているわけである。

この最後の部分ではじめて、貴人の一行が豊臣秀次とその従者たちの亡霊であることが明かされる。その亡霊たちは、夜が明ける気配を感じると、急いで消えてゆく。




  
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