日本語と日本文化


蛇性の婬(三):雨月物語


 客も主もともに醉ごゝちなるとき、眞女子杯をあげて、豐雄にむかひ、花精妙櫻が枝の水にうつろひなす面に、春吹風をあやなし、梢たちぐゝ鶯の艶ひある聲していひ出るは、面なきことのいはで病みなんも、いづれの神になき名負ふすらんかし。努徒なる言にな聞き玉ひそ。故は都の生れなるが、父にも母にもはやう離れまいらせて、乳母の許に成長しを、此の國の受領の下司縣の何某に迎へられて伴なひ下りしははやく三とせになりぬ。夫は任はてぬ此の春、かりそめの病に死に玉ひしかば、便なき身とはなり侍る。都の乳母も尼になりて、行方なき修行に出でしと聞けば、彼方も又しらぬ國とはなりぬるをあはれみ玉へ。きのふの雨のやどりの御惠みに、信ある御方にこそとおもふ物から、今より後の齡をもて御宮仕へし奉らばやと願ふを、汚なき物に拾て玉はずば、此の一杯に千とせの契をはじめなんといふ。豐雄、もとよりかゝるをこそと乱心なる思ひ妻なれば、塒の鳥の飛び立ばかりには思へど、おのが世ならぬ身を顧みれば、親兄弟のゆるしなき事をと、かつうれしみ、且つ恐れみて、頓に答ふべき詞なきを、眞女兒わびしがりて、女の淺き心より、嗚呼なる事をいひ出でて、歸るべき道なきこそ面なけれ。かう淺ましき身を海にも沒らで、人の御心を煩はし奉るは罪深きこと。今の詞は徒ならねども、只醉ごゝちの狂言におぼしとりて、こゝの海にすて玉へかしといふ。

 豐雄、はじめより都人の貴なる御方とは見奉るこそ賢かりき。鯨よる濱に生ひ立ちし身の、かくうれしきこといつかは聞ゆべき。即の御答へもせぬは、親兄に仕ふる身の、おのが物とては爪髪の外なし。何を録に迎へまゐらせん便もなければ身の徳なきをくゆるばかりなり。何事をもおぼし耐へ玉はゞ、いかにもいかにも後見し奉らん。孔子さへ倒るゝ戀の山には、孝をも身をも忘れてといへば、いとうれしき御心を聞きまいらするうへは、貧しくとも時々こゝに住ませ玉へ。こゝに前の夫の二つなき寶にめで玉ふ帶あり。これ常に帶せ玉へとてあたふるを見れば、金銀を餝りたる太刀の、あやしきまで鍛ふたる古代の物なりける。物のはじめに辞みなんは祥あしければとてとりて納む。今夜はこゝに明させ玉へとて、あながちにとどむれど、まだ赦なき旅寢は親の罪し玉はん。明の夜よく僞りて詣でなんとて出でぬ。其夜も寢がてに明けゆく。

 大郎は網子とゝのほるとて、晨て起き出でて、豐雄が閨房の戸の間をふと見入りたるに、消え殘りたる灯火の影に、輝々しき太刀を枕に置きて臥したり。あやし、いづちより求めぬらんとおぼつかなくて、戸をあらゝかに明くる音に目さめぬ。太郎があるを見て、召し玉ふかといへば、輝々しき物を枕に置きしは何ぞ。價貴き物は海人の家にふさはしからず。父の見玉はゞいかに罪し玉はんといふ。豐雄、財を費して買ひたるにもあらず、きのふ人の得させしをこゝに置きしなり。太郎、いかでさる寶をくるゝ人此の邊にあるべき。あなむつかしの唐言書きたる物を買ひたむるさへ、世の費なりと思へど、父の默りておはすれば今までもいはざるなり。其太刀帶びて大宮の祭をねるやらん。いかに物に狂ふぞといふ聲の高きに、父聞つけて、徒者が何事をか仕出でつる、こゝにつれ來よ太郎と呼ぶに、いづちにて求めぬらん、軍將等の佩き玉ふべき輝々しき物を買ひたるはよからぬ事。御目のあたりに召して問ひあきらめ玉へ。おのれは網子どもの怠るらんと云ひ拾てて出でぬ。


(現代語訳)
主客ともに酔い心地になったとき、真女児が杯を上げて豊雄に向かい、咲き乱れた桜の枝が水に映ったような顔に、春風のような微笑をたたえ、梢で啼く鶯のような声で言うには、「恥ずかしいと思って言わないまま病んでしまっては、どこかの神様に濡れ衣を着せてしまうようですので、言いますが、ゆめゆめ徒な言葉と取らないでください。私はもと都で生まれましたが、両親に早く死に別れ、乳母のもとで成長しました。この国の受領の下僚で県の何某の妻に迎えられて下ってきて以来はやくも三年になります。夫は任期が果てたこの春に、急病にかかって亡くなり、寄る辺のない身となりました。都の乳母も尼になって、行方知らぬ修行に出たと聞きました。都もまたここ同然に見知らぬ国となってしまいましたことを哀れみください。昨日の雨宿りの際ご恩をこうむり、まことあるお方と存じあげ、今後一生お仕えしたいと願っております。汚いと思ってお捨てにならないなら、この一杯に千歳の契りを込めたいと思います」。そういわれた豊雄は、もとよりこうなるのが望みの思い妻だったので、鳥が塒を立つほどに心が浮き立ったが、自分の中途半端な身分を顧みると、親兄の許しがなければと、うれしいやら、恐ろしいやら、俄に答えるべき言葉もなかった。真女児はそれをわびしがって、女の浅はかさから、愚かなことを言い出した。「帰るべきところのないのが辛いのです。こんな身で海にも入らず、人様の情けにすがるのは罪深いことです。いまの言葉はうそではありませんが、ただ酔った余りの戯言と思って、ここの海に捨ててください」、そう言ったのだった。

豊雄は、「はじめから都の高貴なお方とお見受けしていましたが、そのとおりだったのですね。鯨が寄るような浜に育った田舎者として、こんなうれしいことはありません。すぐお答えできないのは、親兄に仕える身で、自分自身のものは爪と髪だけだからです。何を結納の品としてお迎えしたらよいか、あてもないので自分のふがいなさを嘆くばかりです。あなたが何事も我慢してくだされば、どうにかしてお力になりましょう。孔子でさえ迷うという恋の山には、孝行も自分の身も忘れて」と言った。すると真女児は、「とてもうれしいお心をお聞きしましたからには、貧しくとも時々ここにいらしてください。ここに前の夫が宝としていた帯剣があります。これをいつも帯びていてください」と言って、あるものを示したが、それは金銀を飾りつけた太刀で、ものすごいまでに鍛え上げた古代のものであった。豊雄は婚約のはじめに辞退しては縁起が悪いと思いそれを受け取った。真女児は、「今夜はここにお泊りください」と無理にとどめたが、「まだ許しのない身で外泊しては親が怒るでしょう。明日の夜親に偽って来ましょう」と言って退出した。その夜も、寝られないまま明けたのであった。

長男は漁の支度を整えると言って、朝早くおきて、豐雄の寝ている部屋の戸の隙間から中を見ると、豊雄は消え残った灯火の影に、きらきらした太刀を枕もとに置いて伏している。「不思議だ。どこで手に入れたんだろう」と不審に思いながら戸を荒々しく開けたところ、豊雄は目が覚めた。兄がいるのを見て、「お呼びですか」と言うと、長男は、「きらきらするものを枕もとに置いてあるのは何だ。高価なものは猟師の家に相応しくない。父が見たらきっと怒るぞ」と言った。豊雄は、「金を費やして買ったのではありません。昨日人から貰ったのをここに置いてあるのです」と答えたが、兄は、「どうしてそんなものをくれる人がこのあたりにいるものか。お前がこむつかしい漢字を書いた軸を買い集めるのさえ無駄な費と思っていたのに、父が黙っているのでいままで何も言わなかった。その太刀を帯びて通りを歩くつもりか。なんと馬鹿げたことだ」と声を荒げて言うのを、父が聞きつけて、「馬鹿者がなにをしているのだ。ここにつれて来い、太郎」と呼んだ。兄は、「どこで求めたのでしょう。武士の帯びるような太刀を買い求めるのはよくないこと。ご自分でご覧になって追求なさってください」と言って、自分は猟師どもが仕事を怠らぬようにと言い足して出て行った。


(解説)
真女児の家に迎えられた豊雄は、彼女から自らの生い立ちを聞かされたうえに、求婚される。いきなり女から求婚するというのは、人間社会では考えられないことで、そこは真女児の変化性を感じさせるところだが、いまだのぼせが消えていない豊雄にはそこまでは見えない。少しでも頭を冷やせば、里人からそんな家は知らないと言われたり、当の女からいきなり求婚されるのはおかしいと思い当たるはずだ。ところが本人はおかしいと思っていないし、それを見せられる読者も、あまりおかしいとは感じない。その辺は秋成の筆の力によるのだろう。

二人の会話から、この場所が海の近くだということが明らかになる。また、豊雄が家族のもとに帰ったあとで、彼の家族が猟師であるということも明らかにされる。蛇も漁も水に縁がある。二人は水によって結ばれているわけである。

なお、真女児が豊雄に向かって、足しげく自分の家に通ってくるように促すのは、おそらく通い婚を意識した脚色だと思う。




  
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