日本語と日本文化


芭蕉と西行


西行が出家後初めての陸奥への旅について、能因法師を強く意識していたように、それから五百年後に芭蕉が行った陸奥への旅について、芭蕉が西行を強く意識していたことはよく言われることである。芭蕉がこの旅をした元禄二年(1689)が、西行の五百年忌にあたっていたことからも、そのことは伺える。もっとも、「奥の細道」の中には、直接西行に言及した記事は殆ど無い。西行と同じ道を芭蕉も又たどったことから、芭蕉が西行を強く意識していたことを推測するのみである。ただ一つ、西行の歌を引用した箇所がある。それは加賀と越前との境にある汐越の松を舟で尋ねたときのことで、その歌は
  終夜嵐に波をはこばせて月をたれたる汐越の松
という歌だが、これは芭蕉の間違いで、西行ではなく蓮如の作だと言う。

芭蕉が西行に直接触れた記事としては、「野ざらし紀行」があげられる。これは貞享元年(1684)から翌年にかけて東海、伊勢、吉野、奈良、京都に旅した記録だが、伊勢と吉野にある西行ゆかりの場所をそれぞれ訪ねた記事がある。伊勢については、
「暮れて外宮に詣でけるに、一の華表の陰ほのくらく、御燈処々に見えて、また上もなき峯の松風、身にしむ許、ふかき心を起して
  みそか月なし千とせの杉の抱くあらし
この句は西行の次の歌を踏まえている。
  深く入りて神路の奥をたづぬればまた上もなき峯の松風
神路山は伊勢神宮の背後にある山である。西行はその山の麓に庵を結んでいたと信じられていた。

その庵に関して、「のざらし紀行」は次のように記している。
「西行谷の麓に流あり。をんなどもの芋あらふを見るに、
  芋あらふ女西行ならば歌よまむ
芋を洗う女を西行に喩えているのは、まだ若さの名残のあったこの時期の芭蕉の茶目っ気があらわれたものだろう。

吉野の西行庵についての記事は次のとおりである。
「西上人の草の庵の跡は、奥の院より右の方二町計わけ入ほど、柴人のかよふ道のみわづかに有て、さがしき谷をへだてたる、いとたふとし。彼とくとくの清水は昔にかはらずとみえて、今もとくとくと雫落ける。
  露とくとく心みに浮世すすがばや
これは、西行作と伝えられていた次の歌を踏まえているのであろう。
  とくとくと落つる岩間の苔清水くみほすほどもなきすまひかな

「おくの細道」に戻ると、芭蕉は衣河の古戦場を訪ねて
  夏草やつはものどもが夢の跡
という有名な句を詠んでいる。一方芭蕉より五百年前に衣河の堤に立った西行は、
とりわきてこ衣にしみて冴えぞわたる衣河見にきたる今日しも
という歌を詠んでいる。西行が衣河を訪ねたのは、冬のことで、寒さが衣にしみるような日であった。芭蕉が衣川を訪ねたのは、暑い盛りの頃で、一面に夏草が生い茂っていた。この夏草が、つわものどもの夢の跡を思わせると芭蕉は詠うわけであるが、この二人の間には五百年の歳月が流れ、その間に衣河では大きな軍があった。それを芭蕉は思い出しつつ、この句を詠んだのである。つまり、同じく衣河の堤に立ちながら物思いにふけっても、その思いの内容はおのずから異なる、というわけであろう。

芭蕉が死んだのは、奥の細道の旅から五年後の元禄七年(1194)、時に芭蕉は馬歯五十一の男盛りだった。その芭蕉の辞世の句というのが残っている
  旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
これは、辞世の句としては、あまりにも現世へのこだわりを感じさせる。そんなことから、芭蕉はまだ死ぬつもりでこれを詠んだわけではないという解釈も成り立つ。実際芭蕉はこの句を何度も推敲したといわれるから、その時点では死ぬ気がなかったと考えられなくもない。一方、西行については、次の歌が辞世の歌としてよく言及される。
  願はくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃
これは先稿でも触れたとおり、辞世歌として詠んだものではない。西行に自歌合の判を乞われて、この歌を評した藤原俊成が、西行の死を紹介する文の中でこの歌をあらためて取り上げたことから、西行の辞世の歌として受け取られるようになった経緯がある。しかし、西行が異常なほど桜の花にあこがれていたことから、これに西行の辞世の気持を汲み取っても不自然ではない。

この二つをともに読んで感じることは、芭蕉の句には死への用意があまり感じられないのに対して、西行の歌には、自分の死はこうあって欲しいといった、死への心構えのようなものが感じられる、ということだ。それは、僧としての西行と、漂泊の詩人としての芭蕉との、根本的な気質の違いを物語るのだろう。




  
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