日本語と日本文化


西行の反魂術:西行伝説


高橋英夫は、西行の武士としてのたてだてしさを指摘した後、西行の得体の知れない奇怪さにも触れ、その一例として、撰集抄の一節を紹介している。第十五話「西行於高野奥造人事」である。

「おなじき比、高野の奥に住みて、月の夜ごろには、ある友達の聖ともろともに、橋の上に行あひ侍りてながめながめし侍りしに、此聖、京になすべきわざの侍る、とて、情なくふり捨て登りしかば、何となう、おなじ憂き世を厭ひし花月の情をもわきまへらん友こひしく侍りしかば、思はざるほかに、鬼の、人の骨を取集めて人に作りなす例、信ずべき人のおろおろ語り侍りしかば、そのまゝにして、ひろき野に出て、骨をあみ連らねてつくりて侍りしは、人の姿には似侍れども、色も悪く、すへて心も侍らざりき。声はあれども、絃管の声の如し。げにも、人は心がありてこそは、声はとにもかくにも使はるれ。ただ声の出べきはかり事ばかりをしたれば、吹き損じたる笛のごとくに侍り」

これは、死人の骨を集めて組み合わせ、それに魂を吹き込むという反魂術を西行が行ったという話であって、本文は更に以下のように続く。

「おほかたは、是程に侍るも不思議也。さて、是をばいかがせん、破らんとすれば、殺業にやな侍らん。心のなければ、ただ草木と同じかるべし思へば、人の姿也。しかじ敗らざらんにはと思ひて、高野の奥に人も通はぬ所に置きぬ。もし、おのづからも人の見るよし侍らば、化物なりとやおぢ恐れん。
「さても、此事不審に覚て花洛にい出侍りし時、教へさせおはしし徳大寺へまいり侍りしかば、御参内の折節にて侍りしかば、空く帰りて、伏見の前の中納言師仲の卿のみもとに参りて、此事を問ひ奉りしかば、なにとしけるぞ、と仰せられし時、その事に侍り、広野に出て、人も見ぬ所にて、死人の骨をとり集めて、頭より手足の骨をたがへでつづけ置きて、砒霜と云ふ薬を骨に塗り、いちごとはこべとの葉を揉みあわせて後、藤もしは絲なんどにて骨をかかげて、水にてたびたび洗ひ侍りて、頭とて髪の生ゆべき所にはさいかいの葉とむくげの葉とを灰に焼きてつけ侍り、土の上に、畳をしきて、かの骨を伏せて、おもく風もすかぬようにしたためて、二七日置いて後、その所に行きて、沈と香とを焚きて、反魂の秘術を行ひ侍りき、と申侍りしかば、おおかたはしかなん、反魂の術猶日あさく侍るにこそ、我は、思はざるに四条の大納言の流を受けて、人をつくり侍りき、いま卿相にて侍れど、それとあかしぬれば、つくりたる人もつくられたる物も失せぬれば、口より外には出ださぬ也、それ程まて知られたらんには教へ申さむ、香をばたかぬなり、その故は、香は魔縁をさけて聖衆をあつむる徳侍り、しかるに、聖衆生死を深くいみ給ふほどに、心の出くる事難き也、沈と乳とを焚くべきにや侍らん、又、反魂の秘術をおこなふ人も、七日物をば食ふまじき、しかうしてつくり給へ、すこしもあひたがはじ、とぞ仰せられ侍り。しかれども、よしなしと思ひかえして、其後はつくらずなりぬ・・・」

自分で行った術がうまく行かないので、本物の反魂術師のところへ行って、正しいやり方を聞いたというのだが、その反魂術師がどのような素性の人物だったのか、くわしくはわからない。恐らく陰陽師とか、あるいは修験者のような人だったのではないか。

高橋は西行のこの行為を文覚の荒行と比較し、文覚のもつ「グロテスクないかがわしさ、秘められた異端性」を西行も共有していたのではないかと推測している。西行が修験道に深く関与していたことはありうることなので、もしそうなら、西行が反魂術のようないかがわしい魔術に手を染めたことにも、不自然さはないわけである。

なお、本文中に出てくる「あるともだちの聖」とは、西行の親友西住のことである。この西住と西行とは、同性愛を疑えるほど親密な間柄にあったが、その西住が不在になったために、さびしさにたえかねた西行が、西住の代用品として心のある人形(人造人間)をつくろうとした、というのが話の発端になっているわけである。西行が魔術に頼ったのは、いとしい人の面影を呼び戻し、できればその人形と現実の交わりを復活したい、そう西行が思ったのだとしたら、この話の陰には同性愛の匂いも感じられるわけである。




  
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