日本語と日本文化


西行の出家(二):西行を読む


徳川美術館蔵の「西行物語絵巻」は、出家を決意した西行が、自分に取りすがろうとする幼い女子を縁側から蹴落とす場面から始まる。その部分の詞書は次のとおりである。

「秋もまたのがれて、このくれの出家さはり無、とげさせ給へと三宝に祈願申て宿へ帰ゆくほどに、とし比たえがたくいとをかしかりし四歳なる女子、えんにいでむかひて、父のきたるがうれしさよとて、そでにとりつきたるを、たぐひなくいとをしくめもくれておぼえけれども、これこそは煩悩のきづなをきるとおもひて、縁よりしもへけをとしたりければ、なきかなしみけれども、みみにもききいれずして中に入ぬ」

この部分は、「西行物語」の本分では次のとおりである。

「夕に宿所に帰りさし入れば、年頃いとほしく思ふ娘の四つになるが、振り分け髪も肩過ぎぬほどにて、よにらうたげなる有様に、何心なく縁に走り出でて、父のおはしますうれしさよ、などや遅く御帰りある。君の御許しなかりけるにや、などいひて、よにいとけなき撫子の姿にて、狩衣の袂にすがりけるを、類なくいとほしくは思へども、過ぎにし方出家を思ひとどまりしも、この娘ゆゑなり。されば第六天の魔王は一切衆生の仏にならむことを障へむために、妻子といふ絆を付け置き、出離の道をふせぐといへり。これを知りながらいかで愛着の心をなさむや。これこそ陣の前の敵、煩悩の絆を切る始めなり、と思ひて、この娘を情なく縁より下へ蹴落としたりければ、小さき手を顔におほひ、なほ父を慕ひ泣きければ、これにつけても心苦しくは思へども、聞き入れぬさまにて内に入りぬ」

この部分に続けて西行の次の歌が載せられている。
  露の玉消ゆればまたもあるものを頼みもなきはわが身なりけり
これは山家集につぎのような形で乗っている歌である。
  露の玉は消ゆればまたも置くものを頼みもなきは我身なりけり(山765)
露の玉は消えればまたできるのもだが、我が身は死んでしまえばそれまでだ、だから妻子にかかずらっていないで、出家をとげよう、という気持を読み込んだものだと、作者は解釈しているわけであろう。

ともあれ、この歌といい本文にあるような幼い娘を蹴落とす行為といい、西行こと佐藤義清には武士らしく猛々しいところがあったようだ。そのあたりは、独特の無常さを感じさせる。

尊卑文脈には、佐藤義清には隆聖という男子があったことになっているが、この男子のことに具体的に触れているものはないようだ。その代わりに、この「西行物語」をはじめ、「沙石集」「発心集」「撰集抄」「十訓抄」などが娘の存在について触れている。「沙石集」では、「西行物語」同様に娘を蹴落とす話も乗っており、互いの影響関係をうかがわせる。また「今昔物語集」巻十九の「東宮蔵人宗正出家する話」には、宗正が四歳の娘が泣きながら袂にすがるのをなだめすかして出家する話が出てくるが、あるいはこれなどが西行と娘の別れの話の原型となったものかもしれない。

西行はこの娘の養育を兄弟の仲清にゆだねたという話もあるが、鴨長明の「発心集」は、九条民部卿という人の娘冷泉殿に養われ、のちに出家したとしている。「西行物語」もこの「発心集」の記事を踏まえて、晩年の西行と娘との再会の話を載せている。これについては別途触れたい。




  
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