日本語と日本文化


鳥獣:西行を読む


秋にゆかりのある鳥獣といえば雁と鹿があげられる。万葉の時代以来この二つは好んで歌われてきたし、山家集の秋の部にも鳥獣の代表として取り上げられている。面白いことにこの二つとも、姿よりも声に関心が向けられている。初雁の声は秋の到来を知らせるものとして、鹿の声は配偶者を求める求愛の徴として捉えられている。

雁の声を雁がねというが、雁がねがそのまま雁自体をあらわすほどに、日本人にとって雁の声は身近なものだった。その雁は秋の初めにやってきて、冬の終わりに去ってゆくことから、秋の到来を告げる季節の鳥として親しまれた。ホトトギスが初夏の到来を思わせたのと同じような意味合いだったわけである。

万葉集では、雁の鳴き声で秋の到来を知るという歌が多い。たとえば、
  雁がねの寒く鳴きしゆ水の岡の葛葉は色づきにけり(万2208)
これは雁の鳴き声に呼応するかのように葛の葉が色づき、秋の到来をしみじみと感じさせると歌ったものである。また、
  我が宿に鳴きし雁がね雲の上に今夜鳴くなり国へかも行く(万2130)
これは旅の途中にあるものが雁の声を聞いて、その行方と自分が向って行く先とを重ね合わせ、雁と同じように自分も故郷へ帰ってゆくのだという気持を歌ったものだ。この歌は雁が秋に飛んで行くのは、自分と同じように故郷を目指しているのだととらえているわけである。

古今集では、雁と故郷との結びつきが一段と進んで、雁が鳴くのは故郷が恋しくて鳴くのだという捉え方が強くなる。たとえば次の歌

思ひいでて恋しき時は初雁のなきて渡ると人知るらめや(古735)

これは人が恋しいときには初雁が鳴くように自分も鳴くのだということを愛する人に知ってもらいたいと歌ったものだが、鳴くことがなにかを恋うるしるしだととらえているわけである。

西行の雁を歌った歌はあまり多くはないが、万葉集や古今集の歌に比べると、あっさりとした感情を歌っているようである。たとえば、
  沖かけて八重の潮路を行く舟はほのかにぞ聞く初雁の声(山419)
  横雲の風に別るるしののめの山飛び越ゆる初雁の声(山420)
どちらも初雁の声を読み込んでいるが、そこには特別な思いは込められていない。たんに雁の声が聞こえてくるということを即物的に歌っているだけだ。自然の事物に自分の感情をからめることが得意な西行にしては、あっさりとした歌い方だといえよう。

鹿もやはり姿を見るものではなく、声を聞いて感傷を誘われるというように歌われてきたが、その感傷は恋にかかわるものが多かった。鹿の鳴き声があまりに悲しく聞こえるので、それが相手を求めているように聞こえたのであろう。万葉集からは次の二首、
  妹を思ひ寐の寝らえぬに秋の野にさを鹿鳴きつ妻思ひかねて(万3678)
  夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寐ねにけらしも(万1511)
一首目は、わたしが愛する人を思いわずらっているように、鹿も妻を思いわずらって鳴いていることよ、と歌っている。二首目は有名な歌であるが、これは鹿がいつものように鳴かないことを不審に感じている歌である。

古今集の次の歌、
  奥山にもみぢ踏みわけ鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき(古215)
これも雄の鹿が雌を求めて紅葉を踏み分けながら鳴き歩いているところに恋の情緒を感じたものだ。古今集ではよみびと知らずとなっているが、定家はこれを百人一首に入れるにあたって猿丸太夫の歌とした。猿丸太夫は実在の人物ではなかったようだが、定家はこの歌があまりにも気に入っていたので、あえてその名を借りて百人一首に入れたのだと言われている。

鹿の妻恋は西行も受け入れており、次のような歌を歌っている。
  夜もすがら妻恋ひかねて鳴く鹿の涙や野辺の露と成らん(山431)
鹿の流す涙が野辺の草を濡らすというもので、これは鹿を擬人化して人間と同じような感情を持つものとして捉えている。

  小山田の庵近く鳴く鹿の音におどろかされておどろかす哉(山440)
これは鹿の声に自分がおどろいたところ、その驚いた人間の自分に鹿のほうでも驚いて、互いに相手を強く意識していると歌ったもので、西行としてはユーモア感覚の現れた歌である。




  
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