日本語と日本文化


秋の草花:西行を読む


古代の日本人は、秋の花の中でも萩の花をとりわけ愛したようで、万葉集には萩の花を歌った歌が百四十二首もある。花を歌った歌の中では最も多い。萩は草花ということもあり、梢に高く咲く梅や桜の花に比べて地味ではあるが、草の茎に沿って小さな花が密集するので、遠目にも目立つ。そんなことから秋の花の代表として、歌にも多く歌われたのだろう。

万葉集から一首、萩の花を歌った歌を取り上げよう。
  秋風は涼しくなりぬ馬並めていざ野に行かな萩の花見に(万2103)
よみびと知らずの歌だが、秋風が涼しくなったのでみんなで馬を並べて萩の花見に野に行こうと歌っている。馬を並べるくらいだから身分の高い人たちが、集団で物見遊山に行く対象として萩の花が咲いている野辺をめざしているわけである。花見が萩を目的としているところが現代人の我々には新鮮に思える。

もっともこういう大げさな感じの歌は少数派で、萩の花に人の感情、とくに恋の思いを込めたものが万葉集には多い。たとえば、
  見まく欲り恋ひつつ待ちし秋萩は花のみ咲きてならずかもあらむ(万1364)
長い間待ったかいがあって、やっと萩の花が咲いたけれど、実がなることはないのしょうか、と歌ったものだが、それはやっと恋人の姿を見たものの、わたしの恋心が実って、二人が結ばれることのない切なさを込めている。どうやら萩の花は片恋の象徴のように扱われているようだ。

  秋萩の枝もとををに置く露の消なば消ぬとも色に出でめやも(万1595)
これは萩の花を直接歌ったものではなく、萩の枝に置いた露を歌い、その露が消えても私の恋が色に出ることはない、つまり人に知られることはない、というもので、やはり片恋を歌っている。

萩は秋の七草の一つに数えられているが、その七草の名を歌いこんだものに大伴家持の有名な歌がある。
  萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花(万1538)
読んでのとおり、七草の名を並べただけのものだが、これでも歌になってしまうのは、これらの名がそれぞれに余韻を持ち、その余韻が響きあうことで、独特の歌の世界が広がるからだと思う。

古今集でも萩は、万葉集ほどではないが秋の花の代表として歌われている。やはり、恋を連想させるものとして歌われているのは、万葉集の伝統が生きているのだろうか。たとえば、
  秋はぎのした色づく今よりやひとりある人のいなげてにする(古220)
秋萩の下葉が色づくのは秋の深まりを意味する。そんな秋の夜長に、独り者である自分はますます眠られなくなる、と歌ったもので、恋人のない独り身のあじけさなを歌っている。

萩と同じくらい多く歌われているのは女郎花だ。これは名から連想されるのか、あでやかな女を思わせるような歌が多い。
  女郎花おほかるのべにやどりせばあやなくあだの名をやたちなん(古229)
これなどは、女郎花をストレートに女性に結び付けて、女性の多くいる野辺に寝れば好色のうわさをみずから立てるようなものと歌っているわけだ。

西行は秋の花をどう歌ったか。萩を歌った歌はそう多くはないが、それらを見ると、万葉以来の伝統である恋心とのかかわりを思わせるものはない。萩の花の乱れ咲くイメージに注目した素直な歌ばかりである。たとえば、
  乱れ咲く野辺の萩原分け暮れて露にも袖を染めてける哉(山269)
萩が乱れ咲く野辺を歩いたら、萩の露で袖が濡れて、萩の色に染まってしまった、というものだ。

  咲き添はん所の野辺にあらばやは萩よりほかの花もみるべき(山270)
萩以外の花も咲いているところなら、他の花も見られるだろうが、ここでは一面萩の花しか見えない、という意味の歌で、萩にうんざりしているのか、逆に萩三昧を楽しんでいるのか、よくわからない歌である。

その萩以外の花を歌ったものをいくつかあげると、
  茂りゆきし原の下草尾花出でて招くはたれをしたふなるらん(山273)
  女郎花池のさ波に枝ひじてもの思ふ袖の濡るるがほなる(山284)

秋の花は、いわゆる秋の七草が中心だが、ほかに秋を代表する花として菊がある。
  幾秋にわれ逢ひぬらん長月の九日に摘む八重の白菊(山467)
長月の九日は、中国では重陽の節句といって、その日には離れ離れだった家族が一堂にあつまり、菊の花を飾って祝うという慣習があった。西行はその慣習を歌っているわけである。




  
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