日本語と日本文化


文覚被流:平家物語巻第五


出家後、文覚は神護寺を再興するため、勧進帳を持って寄進を求め歩いた。そんな折、後白河法皇の御所たる法住寺殿に出かけ、宴会たけなわのところに現れると、大音声を張り上げて勧進帳を読み上げ、寄進を迫った。その声のために、折角の音曲も調子が狂ってしまったほどであった。

法皇が怒って「何ものだ、そっ首をかいてしまえ」と怒鳴ると、血気にはやったお供の者たちが文覚を取りおさえようとする。それに対して文覚は、寄進を受けるまでは一歩も引かないと譲らない。そんな文覚と、これを取り押さえようとするものとの間に、すさまじい戦いが展開する。

~折節、御前には太政大臣妙音院、琵琶かき鳴らし朗詠めでたうせさせ給ふ。按察大納言資方卿拍子とッて、風俗催馬楽うたはれけり。右馬頭資時・四位侍従盛定和琴かきならし、今様とりどりに歌ひ、玉の簾、錦の帳ざざめきあひ、まことに面白かりければ、法皇もつけ歌せさせおはします。それに文覚が大音声出来て、調子も違ひ、拍子もみな乱れにけり。「何物ぞ。そくび突け」と仰下さるる程こそありけれ、はやりをの若者共、われもわれもと進みけるなかに、資行判官といふもの走りいでて、「何条事申すぞ。罷りいでよ」といひければ、「高雄の神護寺に庄一所寄せられざらん程は、まッたく文覚出づまじ」とてはたらかず。よッてそくびを突かうどしければ、勧進帳をとり直し、資行判官が烏帽子をはたと打つてうちおとし、こぶしをにぎッてしや胸を突いて、のけにつき倒す。資行判官もとどり放ッて、おめおめと大床のうへへ逃げのぼる。

~其後文覚懐より馬の尾で柄巻いたる刀の、氷のやうなるを抜き出いて、寄りこん物を突かうどこそ待ちかけたれ。左の手には勧進帳、右の手には刀をぬいて走りまはる間、思ひまうけぬにはか事ではあり、左右の手に刀を持つたる様にぞ見えたりける。公卿殿上人も、「こはいかにこはいかに」と騒がれければ、御遊もはや荒れにけり。院中の騒動なのめならず。

~信濃国の住人安藤武者右宗、其比当職の武者所で有けるが、「何事ぞ」とて、太刀をぬいて走りいでたり。文覚喜こンでかかる所を、斬ッてはあしかりなんとや思ひけん、太刀の峯をとり直し、文覚が刀持つたる腕をしたたかにうつ。打たれてちッとひるむところに、太刀をすてて、「得たりをう」とて組んだりけり。組まれながら文覚、安藤武者が右の腕を突く。つかれながら締めたりけり。互におとらぬ大ぢからなりければ、上になり下になり、転びあふところに、かしこがほに上下よッて、文覚がはたらくところのぢやうを拷してンげり。されどもこれを事ともせず、いよいよ悪口放言す。

~門外へ引き出いて、庁の下部引つ張られて、立ちながら御所の方をにらまへ、大音声をあげて、「奉加をこそし給はざらめ、これ程文覚に辛い目を見せ給ひつれば、思ひしらせ申)さんずる物を。三界は皆火宅なり。王宮といふとも、其難をのがるべからず。十善の帝位に誇ッたうとも、黄泉の旅にいでなん後は、牛頭・馬頭の責をば免かれ給はじ物を」と、躍りあがり躍りあがりぞ申しける。「此法師奇怪なり」とて、やがて獄定せられけり。


法皇に乱暴狼藉を働いたというので、文覚は獄につながれてしまうのだが、折から美福門院崩御にともなう恩赦があり、出獄したはいいが、その後も乱暴狼藉が改まらなかったので、ついに伊豆へ流されてしまう。

この章「文覚被流」の後段は、伊豆へ向かう船の中での、文覚の意気揚々たるさまを語る。

~伊勢国阿濃の津より船に乗ッてくだりけるが、遠江の天竜難だにて、俄に大風ふき、大浪たッて、すでに此船をうち返さんとす。水手梶取ども、いかにもして助からむとしけれども、波風いよいよ荒ければ、或は観音の名号をとなへ、或は最後の十念に及ぶ。されども文覚これを事ともせず、高鼾かいて臥したりけるが、なにとか思ひけん、いまはかうとおぼえける時、かッぱとおき、舟の舳にたッて奥の方をにらまへ、大音声をあげて、「竜王やある、竜王やある」とぞ呼うだりける。「いかにこれほどの大願起いたる聖が乗つたる船をば、あやまたうどはするぞ。ただいま天の責蒙らんずる竜神どもかな」とぞ申しける。その故にや、浪風ほどなく鎮まつて、伊豆国へ着きにけり。

~文覚京を出でける日より、祈誓する事あり。「われ都に帰つて、高雄の神護寺造立供養すべくは、死ぬべからず。其願むなしかるべくは、道て死ぬべし」とて、京より伊豆へつきけるまで、折節順風なかりければ、浦づたひ島づたひして、卅一日が間は一向断食にてぞありける。されども気力すこしも劣らず、行ひうちしてゐたり。まことにただ人ともおぼえぬ事どもおほかりけり。


以上、文覚は僧侶でありながら乱暴狼藉を働き、しかも武士を相手に互角の戦いをする猛々しい人物として語られる。文覚はもともと武士であったわけだし、また人妻に横恋慕するなど自分の欲望に忠実なところもある。まさに転換期を生きた人物のひとつの典型として捕らえられていると言えよう。


  
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