日本語と日本文化


文覚荒行:平家物語巻第五



(文覚上人画像 神護寺蔵)

頼朝が平家打倒に立ちあがったについては、文覚の影響が大であったとされる。文覚は、神護寺の再興を後白河法皇はじめ権力者たちに強訴したかどで伊豆に流されたが、そのときに、同じく流人の境遇で伊豆にいた頼朝と親しくなった。そこで、この二人の間に色々な伝説が生じたが、頼朝が文覚の説得によって平家打倒を決意したというのは、その最たるものである。

この文覚についてはさまざまな伝説がある。遠藤盛遠と称した若年の頃、同僚の妻に横恋慕した挙句、その女性を死に追いやったとか、また、そのことで道心を起こし、厳しい修行をしたとかいう類の話である。

平家物語巻第五「文覚荒行」の章は、道心を起こした文覚が、自らに厳しい荒行を課すさまを語っている。

~抑かの頼朝とは、去る平治元年十二月、父左馬頭義朝が謀反によッて、年十四歳と申せし永暦元年三月廿日、伊豆国蛭島へながされて、廿余年の春秋を送りむかふ。年ごろもあればこそありけめ、ことしいかなる心にて謀反をばおこされけるぞといふに、高雄の文覚上人の申しすすめられたりけるとかや。

~彼の文覚と申すは、もとは渡辺の遠藤佐近将監茂遠が子、遠藤武者盛遠とて、上西門院の衆也。十九の歳道心起こし出家して、修行に出でんとしけるが、「修行といふはいか程の大事やらん、試いて見ん」とて、六月の日の草も揺がず照ッたるに、片山の薮のなかにはいり、仰ふのけにふし、あぶぞ、蚊ぞ、蜂蟻なンどいふ毒虫どもが身にひしと取り付いて、さしくひなンどしけれども、ちッとも身をもはたらかさず。七日までは起きあがらず、八日といふにおきあがッて、「修行といふはこれ程の大事か」と人にとへば、「それ程ならんには、いかでか命も生くべき」といふあひだ、「さては安平ごさんなれ」とて、修行にぞ出でにける。

~熊野へ参り、那智籠りせんとしけるが、行の心みに、聞ゆる滝にしばらく打たれてみんとて、滝下へぞ参りける。比は十二月十日あまりの事なれば、雪降りつもりつらら凍て、谷の小河も音もせず、嶺の嵐吹き凍り、滝の白糸垂氷となり、みな白妙に押しなべて、よもの梢も見えわかず。しかるに、文覚滝つぼに下りひたり、頸きはつかッて、慈救の呪を満てンげるが、二三日こそありけれ、四五日にもなりければ、耐へずして文覚浮きあがりにけり。数千丈漲ぎりおつる滝なれば、なじかはたまるべき。ざッと押し落されて、刀の刃のごとくに、さしも厳しき岩かどのなかを、浮きぬしづみぬ五六町こそ流れたれ。

~時にうつくしげなる童子一人来ッて、文覚が左右の手をとッて引上げ給ふ。人奇特の思ひをなし、火を焚きあぶりなンどしければ、定業ならぬ命ではあり、ほどなく生出でにけり。文覚すこし人心地出来て、大のまなこを見怒らかし、「われこの滝に三七日うたれて、慈救の三洛叉を満てうど思ふ大願あり。けふはわずかに五日になる。七日だにも過ぎざるに、何物かここへは取つてきたるぞ」といひければ、みる人身の毛よだッてものいはず。又滝つぼに帰りたッて打たれけり。

~第二日といふに、八人の童子来ッて、引きあげんとし給へども、散々に掴みあふてあがらず。三日といふに、文覚遂に果敢くなりにけり。滝つぼを汚さじとや、みずら結うたる天童二人、滝のうへより下りくだり、文覚が頂上より手足のつまさき・たなうらにいたるまで、よに暖たかに香しき御手をもッて、撫でくだし給ふとおぼえければ、夢の心地して生きいでぬ。「抑いかなる人にてましませば、かうはあはれみ給ふらん」と問ひ奉る。「われは是大聖不動明王の御使に、矜迦羅・制多迦といふ二童子なり。「文覚無上の願を起こして、勇猛の行を企つ。行いて力をあはすべし」と明王の勅によッて来れる也」とこたへ給ふ。文覚声を怒らかして、「さて明王はいづくに在しますぞ」。「都率天に」とこたへて、雲居はるかにあがり給ひぬ。たな心)をあはせてこれを拝し奉る】。「されば、わが行をば大聖不動明王までも知ろし召されたるにこそ」と頼もしうおぼえて、猶滝つぼにかへりたッて打たれけり。まことにめでたき瑞相どもありければ、吹きくる風も身にしまず、落ちくる水も湯のごとし。

~かくて三七日の大願遂に遂げにければ、那智に千日こもり、大峯三度、葛城二度、高野・粉河・金峯山、白山・立山・富士の嵩、信乃の戸隠、出羽の羽黒、すべて日本国残る所なくおこなひ廻ッて、さすが尚ふる里や恋しかりけん、都へのぼりたりければ、凡とぶ鳥も祈り落す程のやいの検者ぞきこえし。




  
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