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羅城門ノ上層ニ登リ死人ヲ見タル盗人ノ語 今昔物語集巻二九第十八


今は昔、摂津の国から盗みを働こうと京に上ってきた男があった。まだ日が高かったので、羅生門の下に立ち隠れしていると、朱雀通りのほうへ多くの人が歩いていく。男は人通りが静まるのを待とうと、門の下に立っていた。すると山城のほうから大勢の人の足音が聞こえてきた。男は見られてはまずいと思い、門の上によじり上った。

門の上では、かすかな灯りがともされている。おかしいと思い、格子戸から覗いてみると、若い女が死んで横たわっている。その枕元には火がともされて、えらく年をとった白髪の老婆が、枕にまたがり、死人の髪を抜き取っているのだった。

盗人は度肝を抜かれ、もしかして鬼かも知れぬと恐怖したが、「いや、ただの人かもしれぬ、確かめてみよう」と思い直し、やおら戸を開き、刀を抜いて、「おのれ」とわめきながら老婆に走りかかった。

老婆がびっくりして、手を合わせて命乞いをすると、男は「この婆め、何をしている」と問い詰めた。すると老婆は「私のご主人であった人がお亡くなりになられ、葬ってくれるお方もないので、ここにお連れしたのです。ご主人は髪が長くてらっしゃるので、それを抜いて鬘にしようと思いました。どうぞ助けてください」といった。

盗人は、死人の装束と、老婆の衣と、抜いてあった髪の毛を奪い取ると、下へ飛び降りて逃げ去ったのだった。

この門の上の階には、死人の骸骨が多いということだ。死んで葬られるあてのない屍骸が、運ばれてくるからだ。この話は、件の盗人が人に話して聞かせたものを、語り継いだものとかや。


羅城門は朱雀大路の南端にあって、京の都への正門として用いられた。この物語が書かれた頃には、正門としての機能は失って、話の中身にあるとおり、死体置き場として用いられていた。やがて京の街並が東に向かって移動するようになると、都市の辺縁に位置するような格好になり、ついには崩壊したまま顧みられなくなった。この話はその過渡的な状態を舞台にしたものだろう。

この話の枠組を用いて、芥川龍之介は短編小説「羅城門」を書いた。黒沢の映画「羅城門」はこの物語とは直接関係はなく、芥川の小説「藪の中」を下敷きにしている。「藪の中」事態も、今昔物語集の一説話に題材をとっている。



今昔、摂津ノ国辺ヨリ盗セムガ為ニ京ニ上ケル男ノ、日ノ未ダ明カリケレバ、羅城門ノ下ニ立隠レテ立テリケルニ、朱雀ノ方ニ人重ク行ケレバ、人ノ静マルマデト思テ、門ノ下ニ待立テリケルニ、山城ノ方ヨリ人共ノ数来タル音ノシケレバ、「其レニ見エジ」ト思テ、門ノ上層ニ和ラ掻ツリ登タリケルニ、見レバ、火髴ニ燃シタリ。盗人、「怪」ト思テ、連子ヨリ臨ケレバ、若キ女ノ死テ臥タル有リ。其ノ枕上ニ火ヲ燃シテ、年極ク老タル嫗ノ白髪白キガ、其ノ死人ノ枕上ニ居テ、死人ノ髪ヲカナグリ抜キ取ル也ケリ。盗人、此レヲ見ルニ、心モ得ネバ、「此レハ若シ鬼ニヤ有ラム」ト思テ怖ケレドモ、「若シ死人ニテモゾ有ル。恐シテ試ム」ト思テ、和ラ戸ヲ開テ、刀ヲ抜テ、「己ハ己ハ」ト云テ走リ寄ケレバ、嫗、手迷ヒヲシテ、手ヲ摺テ迷ヘバ、盗人、「此ハ何ゾノ嫗ノ、此ハシ居タルゾ」ト問ケレバ、嫗、「己ガ主ニテ御マシツル人ノ失給ヘルヲ、繚フ人ノ無ケレバ、此テ置奉タル也。其ノ御髪ノ長ニ 余テ長ケレバ、其ヲ抜取テ鬘ニセムトテ抜ク也。助ケ給ヘ」ト云ケレバ、盗人、死人ノ着タル衣ト、嫗ノ着タル衣ト、抜取テアル髪トヲ奪取テ、下走テ逃テ去ニケリ。然テ其ノ上ノ層ニハ、死人ノ骸骨ゾ多カリケル。死タル人ノ葬ナド否為ヌヲバ、此ノ門ノ上ニゾ置ケル。此ノ事ハ、其ノ盗人ノ人ニ語ケルヲ聞継テ、此ク語リ伝ヘタルトヤ。


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