日本語と日本文化


人妻、死して後に、本の形に成りて旧夫に會ひし語:今昔物語集巻二七第廿四


今は昔、京に身分の低い侍がおった、長年貧乏暮らしで、便りにすべき縁者もなかったが、某という知り合いのものが、思いがけず某國の守に出世した。そこでこの貧乏侍は、この守のもとへ挨拶にいった。守がいうには、「頼りないまま京にいるより、わしと一緒に来ないか、多少の力にはなれよう、今までも気の毒には思っていたが、自分のことで精一杯で、何ともできなかった、一緒に行こうではないか。」

こういわれた侍は、「それはうれしいことです。」と答えて、一緒に行くことにした。この侍には年頃通いなれた妻があって、貧乏暮らしではあったが、年若く、美しく、又心栄えもよかったので、貧しさをものともせず、互いに愛し合っていた。ところが遠国へ出かける段になって、男はこの妻を捨てて、ほかに羽振りのよい女を妻にした。その妻は、何かと面倒を見てくれたので、男はこの女を一緒に連れて行くことにしたのだった。

国にある間は何事につけ不自由なく暮らしていたが、京に捨ててきた妻のことがたいそう恋しく思えて、すぐにでも会いたくなり、「早く京に帰って、是非会いたいものだ」と、気がせくばかりだった。

こうして悲しい思いをかこっているうちに、月日が過ぎ、任期が果てて、守が帰任するのに従い、侍も京に向かった。

「自分は理由もないのにもとの妻を捨てた、京へ帰ったらすぐに行って、一緒に暮らそう。」侍はそう思いながら、旅装束のままで、もとの妻のもとにいったのだった。

 門が開いていたので、中に入ると、家は荒れ果てて、人が住んでいる気配もない。この様子を見た侍は、いよいよ哀れに思ったのだった。折しも九月十日の頃だったので、月がたいそう明るく、また冷気が身にしみた。

 家の中に入ると、妻が一人で座っている。侍のほうを振り返ったが、その表情には恨みはなく、かえってうれしそうであった。
「どうなさいました、いつ戻っていらっしゃいました。」と妻がいうので、侍は日頃思っていたことを残さず語ると、
「もう一度一緒に暮らそう、お土産に持ってきたものをすぐにでも取り寄せよう、従者なども呼び寄せよう、今夜はとりあえずこのことが言いたくてやってきたのじゃ。」と付け加えた。
妻がうれしそうな様子を見せ、ともに年来のことを語り合ううち、夜が更けたので、「もう寝よう」といって、南のほうの部屋に行き、二人抱き合って臥したのだった。

「ここには使用人はいないのか」と男が聞くと、「不如意な暮らし向きで、使用人もございません」と女が答える。こうして更に長き夜を語らいあううちに、夜も明け方近くになったので、ともに眠りについたのだった。

夜の明けるのも知らずに寝ているうち、あたりが明るくなった。使用人もいないことゆえ、男が自ら蔀戸の下のほうを持ち上げてみると、日の光がきらきらと差し込んできた。驚いてワキをみると、抱き合って寝ていたはずの人は、枯れ果てて骨と皮ばかりになった死人である。これはどうしたことかと、衣を抱きかかえて明るいところへ走って行き、あらためて見たが、やはり死人である。

 水干袴を着て走り出し、隣りの小家に立ち入って、「隣家の人はどこに行ってしまったかご存知ありませぬか、その家には人が住んではいないのですか。」と訪ねたところ、その家の人が言うには
「隣の人は、ご主人が遠国に出かけた後、嘆き悲しんで病に陥りましたが、看病する人もなく、この夏亡くなりました、埋葬するものもいないので、まだそのままになっています、それ故誰もがはばかって近寄らず、家は荒れる一方です。」
侍はこの話を聞いて、いよいよ哀れさがこみ上げてきて、いたし方もなく帰っていったのだった。

さぞ恐ろしかったことであろう。女が死んだ後、その魂がそのまま残って、夫のもとに現れたのであろう。そして年来の思いに耐えず、きっと交わりをなすことができたのに違いない。


男に捨てられた女の執念が、幽鬼の姿となって男の前に現れるという、恐ろしくも哀れな物語だ。

この当時の婚姻形態は、通婚から嫁とり婚への移行期に当たっており、夫婦関係は非常に不安定だったと思われる。

この物語では、男が日頃通っていた女を捨てて、新しい女とともに任地へ出かけるということになっている。古い女とは通い婚、新しい女とは嫁取り婚の関係にあったわけだ。

古い女は何の落ち度もないのに捨てられるのだが、新しい女の方も別に悪意があるわけではない。二人とも男のご都合主義の犠牲者である。

男は古い女と別れた後でもその面影を忘れることができない、任地から京へ戻ると真っ先に駆けつけてよりを戻そうとする。その男の前に古い女が現れて、二人は再会を喜び合うが、男が生きていると思った女は、実は死んだ女のミイラだった。

という具合で、幽鬼をめぐる比較的古い形の説話を踏まえた物語だということができよう。


今は昔、京に有りける生侍、年來身貧しくして、世にあつ付く方も無かりける程に、思ひ懸けず□と云ひける人、□國の守に成りにけり。かの侍、年來此の守を相知りたりければ、守の許に行きたりければ、守の云はく、「かくて京にありつく方も無くて有るよりは、我が任國に將て行きて、聊かの事をも顧みむ。年來もいと惜しと思ひつれども、我れも叶はぬ身にて過ぐしつるに、かくて任國に下れば、具せむと思ふはいかに」と。侍、「いと嬉しき事に候ふなり」と云ひて、既に下らむとする程に、侍、年來棲みける妻の有りけるが、不合は堪へ難かりけれども、年も若く、形・有樣も宜しく、心樣などもらうたかりければ、身の貧しさをも顧みずして、互に去り難く思ひ渡りけるに、男、遠き國へ下りなむとするに、この妻を去りて、忽ちに便有る他の妻を儲けてけり。其の妻、萬の事をあつかひて出だし立てければ、其の妻を具して國に下りにけり。

國に有りける間、事に觸れて便付きにけり。かくて、思ふやうにて過ぐしける程に、この京に棄てて下りにし本の妻のわり無く戀しく成りて、俄かに見まほしく思えければ、「疾く上りて彼を見ばや。いかにしてか有らむ」と、肝身を剥ぐ如くなりければ、よろづ心すごくて過ぐしける程に、はかなく月日も過ぎて、任もはてぬれば、守の上りけるともに、侍も上りぬ。「我由無く本の妻を去りけり。京に返り上らむままに、やがて行きて棲まむ」と思ひ取りてければ、上るや遅きと、妻をば家に遣りて、男は旅裝束ながら彼の本の妻の許に行きぬ。

家の門は開きたれば、入りて見れば、有りし樣にも無く、家もあさましく荒れて、人住みたる氣色も無し。これを見るに、いよいよ物哀れにて、心細き事限り無し。九月の中の十日ばかりの事なれば、月もいみじく明し。夜冷にて哀れに心苦しき程なり。家の内に入りて見れば、居たりし所に妻獨り居たり。亦人無し。妻、男を見て恨みたる氣色も無く、嬉しげに思へるやうにて、「これはいかでおはしつるぞ。いつ上り給ひたるぞ」と云へば、男、國にて年來思ひつる事どもを云ひて、「今はかくて棲まむ。國より持て上りたる物どもも、今明日取り寄せむ。從者などをも呼ばむ。今夜は只此の由ばかりを申さむとて來つるなり」と云へば、妻、嬉しと思ひたる氣色にて、年來の物語などして、夜も更けぬれば、「今はいざ寢なむ」とて、南面の方に行きて、二人掻き抱きて臥しぬ。男、「ここには人は無きか」と問へば、女、「わり無き有樣にて過ぐしつれば、仕はるる者も無し」と云ひて、長き夜に終夜語らふ程に、例よりは身に染むやうに哀れに思ゆ。かかる程に暁に成りぬれば、共に寢入りぬ。

夜の明くらむも知らで寢たる程に、夜も明けて日も出でにけり。夜前人も無かりしかば、蔀の本をば立てて、上をば下さざりけるに、日のきらきらと指し入りたるに、男、打驚きて見れば、掻き抱きて寢たる人は、枯々として骨と皮とばかりなる死人なりけり。此はいかにと思ひて、あさましく怖しき事云はむ方無かりければ、衣を掻き抱きて起き走りて、下に踊り下りて、若し僻目かと見れども、實に死人なり。

其の時に急ぎて水干袴を着て走り出でて、隣なる小家に立ち入りて、今始めて尋ぬるやうにて、「この隣なりし人は、いづこに侍るとか聞き給ふ。其の家には人も無きか」と問ひければ、其の家の人の云はく、「其の人は、年來の男の去りて遠國に下りにしかば、其れを思ひ入りて歎きし程に、病付きて有りしを、あつかふ人も無くて、此の夏失せにしを、取りて棄つる人も無ければ、未ださて有るを、恐ぢて寄る人も無くて、家は徒らにて侍るなり」と云ふを聞くに、いよいよ怖しき事限り無し。さて、云ふ甲斐無くて返りにけり。

實にいかに怖しかりけむ。魂の留まりて會ひたりけるにこそはと思ふに、年來の思に堪へずして、必ず嫁ぎてむかし。かかる希有の事なむ有りける。然れば、さやうなる事の有らむをば、尚尋ねて行くべきなりとなむ、語り傳へたるとや。




  
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