日本語と日本文化


従軍記者:大岡昇平「レイテ戦記」


レイテ島には10人の報道記者が渡った。うち9人は、第一師団の輸送船に便乗して、マニラから渡ってきた者たちだった。内訳は、影山三郎(朝日)、久松亦男(毎日)、早川憲治(読売)、野口勇一(同盟)、春日武弥(同盟カメラマン)、潮田三代治(日映カメラマン)、蔡稔(潮田助手、台湾人)、橋本修一(マニラ新聞)、佐々木暉生(同盟無線オペレーター)、残りの1人は同盟セブ支局の斎藤桂助である。

彼らがどのような動機でレイテに渡ったのか、また軍部がどのようなつもりで彼らをレイテに行かせたのか、大岡は触れていない。おそらくわからないからだろう。日本の戦時報道というのは、国民の戦意高揚を旨としたものであって、したがって大本営の発表を丸呑みする態のものだったと言うのが、今日の大方の評価である。だから、この10人の意識の中にも、レイテの戦局をありのままに伝えようという意欲があったかどうか、あったにしてもそれをよく実行しえたかどうか、ということは軽々しくは言えない。それで大岡も、彼等のレイテにおける行動を簡単に追うにとどめたのうと思う。

結果的には、この10人がレイテの戦局を日本の国民に向かって逐次正確に伝えたということにはならなかった。というのも、レイテ上陸早々、唯一の通信手段であった無線機を空襲で破壊され、内地に記事を送る手段を失ってしまったからである。唯一内地に届いた記事は、偶然のチャンスを生かしたものだった。朝日の影山記者が戦局についてメモしていたものを、バレンシアの飛行場に不時着したパイロットに委託し、内地の新聞社に送ったものがそれである。

その記事は、レイテの戦局について、かなり正確に書いていた。それは、「壮絶・挺身斬込み戦記、爆薬背負い突撃、群がる敵へ必死の体当たり」という見出しの下に、「爆弾も砲弾も敵が遥かに優勢である。物量を誇る敵は現在カリガラ、ハロ、ダガミ、アブヨグ、タクロバン一帯に進出しており、一部はアブヨグからバイバイに猛進出を企図している」と書いてあった。当時レイテ戦は「天王山」と呼ばれ、日本の命運をかけた戦いだと宣伝されていたわけだから、レイテ戦が始まってまだ間もない時点で、このような記事を書くというのはなかなか勇気のいることだったと大岡はこの記者を褒めている。だが、このような記事を何故軍部が許したのか、それは別の謎として残るだろう。

この10人には過酷な運命が待っていた。生還できたのは4人だけである。兵士の生還率よりは多少ましかもしれないが、従軍記者の半数以上が死亡したというのは、やはり相当なことである。従軍記者は軍属として、軍とともに行動したわけだから、軍と運命を共にするのは、この時代の日本では当たりまえのことだったとはいえ、戦争取材が命がけの行為だったことが思い知られる。そんなにまでして命をかけても、自分の思うように記事が書けたかというと、それはなかなかむつかしいことだったに違いない。この時代の新聞記者は、真実を伝えることより、国民の戦意を高揚させることを、なによりも期待されていたのである。国民の戦意を萎縮させるような記事は、たとえそれが真実であっても許されない、というわけである。

生還した4人(斎藤、影山、久松、潮田)は、戦後それぞれ回想録を書いている。「最後の報道写真」(斎藤)、「絶望の島」(影山)、「地獄島レイテ」(久松)などだが、それらは「レイテ島の戦闘について最も早いルポルタージュであり、敗戦の惨状を伝えていたものであるが、昭和二十年代の暴露的ムードに支配されて、幾分の誇張はまぬがれなかった」と大岡は書いている。なお、影山は戦後ダバオの収容所で友近少将の書いた回想記を持ち帰り、昭和二十一年「軍参謀長の手記」と題して出版してもいる。

大岡は、これら報道記者と軍の連絡要員だった目加田少尉との交流について触れている。目加田少尉は、任官したばかりの若い軍情報部付将校だったが、若さに似合わず心配りが周到で、肝の据わったところもあった。記者らはこの将校の機転で命を助けられるようなこともあったが、将校自身は戦死した。この将校は、レイテ戦が日本の負けになることをわきまえていて、死に場所を求めていたのではないかと大岡は推測し、その勇気を次のように言って讃えている。「三十五軍は俄作りの軍で、人材に乏しく、敗軍と共にあまりかっこいい様子を見せなくなる。目加田少尉のような予備士官学校出の部付将校に、却って肝の据った人物が見出されるようである」

大岡は、従軍記者について書こうとして、最後はこの将校へのオマージュで締めくくっている。記者たちそのものにあまり関心がないようである。それは記者たちが(影山を除いては)なすべき仕事をしなかったからと大岡が判断した為か、そのへんは何ともいえない。




  
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