日本語と日本文化


夢応の鯉魚(三):雨月物語


 急にも飢ゑて食ほしげなるに、彼此にあさり得ずして狂ひゆくほどに、忽ち文四が釣を垂るにあふ。其の餌はなはだ香し。心又河伯の戒を守りて思ふ。我は佛の御弟子なり。しばし食を求め得ずとも、なぞもあさましく魚の餌を飮むべきとてそこを去る。しばしありて飢ますます甚しければ、かさねて思ふに、今は堪へがたし。たとへ此の餌を飮むとも嗚呼に捕れんやは。もとより他は相識るものなれば、何のはゞかりかあらんとて遂に餌をのむ。

 文四はやく糸を収めて我を捕ふ。こはいかにするぞと叫びぬれども、他かつて聞かず顏にもてなして、縄をもて我が腮を貫ぬき、芦間に船を繋ぎ、我を篭に押し入れて君が門に進み入る。君は賢弟と南面の間に奕して遊ばせ玉ふ。掃守傍に侍りて菓を啗ふ。文四がもて來し大魚を見て人々大に感でさせ給ふ。我其とき人々にむかひ聲をはり上げて、旁等は興義をわすれ玉ふか。宥させ玉へ。寺にかへさせ玉へと連りに叫びぬれど、人々しらぬ形にもてなして、只手を拍て喜び給ふ。鱠手なるものまづ我が兩眼を左手の指にてつよくとらへ、右手に礪ぎすませし刀をとりて、俎盤にのぼし既に切るべかりしとき、我くるしさのあまりに大聲をあげて、佛弟子を害する例やある、我を助けよ助けよと哭き叫びぬれど、聞き入れず。終に切るゝとおぼえて夢醒たりとかたる。

 人々大に感で異しみ、師が物がたりにつきて思ふに、其の度ごとに魚の口の動くを見れど、更に聲を出す事なし。かゝる事まのあたりに見しこそいと不思議なれとて、從者を家に走らしめて殘れる鱠を湖に捨てさせけり。

 興義これより病癒えて杳の後天年をもて死りける。其の終焉に臨みて画く所の鯉魚数枚をとりて湖に散らせば、画ける魚紙繭をはなれて水に遊戲す。こゝをもて興義が繪世に傳はらず。其弟子成光なるもの、興義が神妙をつたへて時に名あり。閑院の殿の障子に鷄を画きしに、生ける鷄この繪を見て蹴りたるよしを、古き物がたりに戴せたり


(現代語訳)
「俄に飢えて食べ物が欲しくなり、あちこちあさってみたが得られないまま狂いゆくうちに、たちまち文四が釣糸を垂れているところに出会った。その餌がたいそう香ばしい。だが心は河伯の戒めを思い出す。わしは仏の弟子じゃ、しばし食物が得られぬとて、どうしてあさましく魚の餌を飲みこもうぞ、そう思ってそこを立ち去った。ところがしばらくすると飢えがますます甚だしくなり、重ねて思うには、今や飢えが耐え難い。たとえこの餌を飲み込んだとてみすみすつかまるものか。それに文四は知り合いじゃ、何の憚るところがあろうか、そう思ってついに餌を飲み込んだ。

文四はすぐに釣糸を収めてわしを捕らえた。わしはどうするつもりだと叫んだが、文四は知らぬ顔をして、縄でわしの鰓を貫くと、芦の間に船をつなぎ、わしを籠に入れてあんたの家の門に入っていったのじゃ。文四が持ってきた大魚を見てみんな大いに感心した。わしはその時みんなに向かって声を張り上げ、おぬしらは興義を忘れられたか、許してくれい、寺に帰してくれい、としきりに叫んだが、みな知らぬ顔をして、ただ手を打って喜んでいる。料理人がまずわしの両目を左手の指で強くとらえ、右手に研ぎ澄ました刀を持って、まな板の上で切ろうとしたところで、わしは苦しさのあまり大声を上げ、仏弟子を害することがあるか、わしを助けよ助けよ、と泣き叫んだが、聞き入れずに、ついに切られと思ったところで夢がさめたのじゃ」と語った。

人々は大いに不思議がり、「和尚の語ったところを思いあわせてみますと、和尚が叫んだというたびに魚の口が動いたように見えましたが、声を出すことはありませんでした。こんなことを目の当たりに見たのはたいそう不思議なことです」と言って、従者を家に走らせて残った刺身を湖に捨てさせたのだった。

興義はその後病気が治って、ずっと後の年に寿命を全うした。その終焉に臨んで、描いたところの鯉魚数枚を湖に散らしたところ、描ける魚が紙から抜け出し水に遊んだ。そのゆえ興義の絵は後世に伝わらなかった。その弟子の成光というものが、興義の神妙を伝えて名を上げた。閑院の殿の障子に鶏を描いたところ、生きた鶏がそれを見て蹴ったということが、古い物語に載っている。


(解説)
続いて、鯉が飢えに迫られて釣り糸の餌に飛びつき猟師に生け捕られた挙句、知り合いの家に持って行かれ、そこで刺身に料理されるところが語られる。鯉となった僧は、料理人からさんざんこづき廻された後で、包丁で切られる事態になるのだが、その時に目が覚めたというのである。夢としてはありえなくもない話だが、もともと死んだ間のこととして語られていたのが、いつの間にか寝ている間の夢になっているのは、秋成の趣向か。

なお最後に出てくる成光のことは「古今著聞集」にある。巻第十一に「成光、閑院の障子に鶏を書きたりけるを、実の鶏見て蹴るとなん。この成光は、三井の僧興義が弟子になん侍りける」というのがそれだ。秋成はこの部分をもとに、三井の僧興義というキャラクターを思いついたのだ思える。




  
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