日本語と日本文化


西行桜:西行を読む


世阿弥の能の傑作に「西行桜」がある。西行の次の歌、
  花見にとむれつつ人の来るのみぞあたらさくらの咎にはありける(山87)
この歌をモチーフにして変則の複式夢幻能に仕立てたものだ。変則というのは、普通複式夢幻能ではシテが前後両段に姿を変えて現れるのに、この能ではシテは桜の樹精となって後段にしか現れないからである。ともあれこの作品に世阿弥は大分自信があったようで、「後の世かかる能書くものやあるまじき」(申楽談義)と語っているほどだ。

西行の歌の趣旨は、こんなにも大勢の人々が花を見に押しかけてきて、自分の身の回りの静けさを乱しているのも、あたら桜が咲いているせいだ、というものである。桜が人をひきつけていることを、一方では迷惑に感じ、一方では許している、という複雑な感情を読んだものだ。

これに対して世阿弥の能では、桜の樹精が老人の姿をとって西行の夢の中に現れ、西行の歌の心を問いただし、「非常無念の草木の花に浮世のとがはあらじ」と言う。つまり、桜は草木として非常無心なのであるから、浮世の咎とは無縁だ、というわけである。

これは世阿弥による西行のパロデイ化と言ってよいものだが、西行の伝記の上から興味深いのは、舞台が京都西山の大原野あたりに設定されていることだ。西行伝説の普及にともない、所謂西行庵の跡というものが日本各地に残っており、その一つとして京都西山のものもあったかと思われるが、それが実在したかどうかについては確証はない。世阿弥も確証があってこの能を書いたわけではなく、伝説の一つを援用した可能性もある。

山家集ではこの歌は、次の歌と並べて収録されている。
  花も散り人も来ざらん折はまた山のかひにてのどかなるべし(山88)

西山の庵室も山の麓にあることから、これが西山で歌われたと見ても不自然ではないかも知れぬが、よく読めば「山のかひ」とは深い山の中を思わせる言葉である。そうとすれば、西行ゆかりの庵があった場所のうちで、吉野と考えるのが自然ではないか。吉野の西行庵は、普段は人のほとんど来ないところにある。それが桜の季節になると、花に引かれて大勢の人がやってくる。そう考えるほうがしっくりする。

西行と吉野のかかわりについては先にも触れたところだが、西行がいつ、どのような動機で吉野に庵を結んだかについてはよくわからない。「西行物語」には、出家後都住まいをしていた西行が、「山林流浪の行をせんとおもひて」吉野を訪ねる場面が出てくるが、これは一時的な訪問に終わったようで、そのことはその折に読んだとされる次の歌からもわかる。
  たれかまた花を尋ねて吉野山苔ふみわくる岩つたふらん
この歌を読む限り、もう吉野はもうこりごりだという気持が伝わってくる。

西行が吉野に庵を結んでしばらく山中で修行しようと思い立ったのは、綿密な計画にもとづくというよりも、ハプニングでそうなったのではないか、と思わせる歌がある。
  常盤なる花もやあると吉野山奥なく入りてなほ尋ね見む(聞186)
  吉野山奥をもわれは知りぬべき花ゆゑ深く入りならひつつ(聞187)
これらはいづれも、花につられて吉野の山深く入ってしまったことを歌ったものであるが、その挙句にたどり着いた吉野の奥千本といわれる辺りに庵を結んで修行してみようか、そんな気持に西行はなったのではないか。




  
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