日本語と日本文化


三浦佑之「古事記を読みなおす」


古事記は日本書紀と並んで記紀と称せられ、成立の背景と物語の視点をほぼ同じくする双子の兄弟のようなものととらえられてきた。両者の成立時期には8年の差があるが、それは大したことではない。同じ源泉から汲み取って物語を構成するのに、多少の年代差が出ただけで、両者は基本的には同一の神話と皇統譜を物語っているに過ぎない、とするのがこれまでの通説だった。

この通説に三浦佑之氏は異議を唱える。古事記と日本書紀とは物語の内容に大きな差異がみられるし、成立の事情も異にしている、というのである。(三浦佑之著「古事記を読みなおす」)

氏は、日本書紀は律令国家の由緒を説明するために、一貫して天皇制の視点から書かれているのに対して、古事記の場合は必ずしもそうとばかりも言えない。そこには、天皇制が成立する以前の古層に属する物語が数多く流れ込んでいる。また、日本書紀があくまでも書かれた歴史書なのに対して、古事記は語られる物語としての性格を強く帯びている。それ故、この二つは、基本的には違った性格の書物なのだというのである。

古事記と日本書紀が同じようなものと捉えられるに至ったには、古事記の序文も影響を及ぼしたと氏はいう。この序文では、まず天武天皇の詔に従って、舎人稗田阿礼が「帝皇日継及び先代旧辞」を誦習したが、後に和同4年(西暦711年)太安万侶が稗田阿礼の誦習したところを文字に現して、翌年(西暦712年)古事記が成立したということになっている。

古事記のこの記述は、たしかに日本書紀の記述と響きあっている。日本書紀天武天皇10年(西暦681年)3月の記述に、「川嶋皇子等に詔して、帝紀及び上古の諸事を記し定めしめたまふ」とあるが、これは古事記にある天武天皇の詔と一致すると考えられる。古事記ではこの詔に基づいて稗田阿礼が「帝皇日継及び先代旧辞」を誦習し、日本書紀では中臣大島らが執筆したと解釈すれば、両者は同じ命令に基づいて、異なった書き手によって作られたが、そもそもの端緒は同じなのであるから、同じようなものが出来上がったのはごく自然なことだったと考えられるわけである。日本書紀の成立が古事記より8年遅れたのも、なんら不自然ではないともいえる。

だが氏は、古事記と日本書紀の間には、大きな相違点がいくつかあるという。その最大のものは、出雲神話である。古事記では出雲にかかわる神話が大きなウェイトを占めているのに対して、日本書紀では殆ど記されていない。「なぜ古事記には出雲神話があって日本書紀には存在しないのか。これは、古事記と日本書紀との違いを考えるうえで、また古事記とはいかなる書物かということを考えるうえで、きわめて重要な問題です」と氏は言っている。

また、日本書紀は天皇家の祖先神を中心にほぼ一直線な歴史記述がなされているのに対して、古事記には寄り道のような部分が多い。出雲神話はその最たるものだが、そのほかにも、スサノオ、ヤマトタケルの神話などに、日本書紀には見られない情緒性を感じることができる。氏はそれを、権力に抗い滅びて行ったものへの共感といっているが、こうした共感は日本書紀には決して見られないものである。日本書紀に見られるのは勝者の視点からする垂直的な歴史性のみである。

また、物語の語り方と言うべきものにも相違が認められる。日本書紀の固い文体に対して、古事記の文体は柔軟性を感じさせる。その柔軟性は、古事記のもととなった神話がもともと口から語られたものであったことに由来しているのではないか、と氏は推測する。

以上のような相違を踏まえれば、古事記と日本書紀を記紀という言葉で一括して語ることには大きな抵抗感を感じざるを得ないと氏は言う。日本書紀が律令制の正当性を主張するために書かれた権力側の書であるのに対して、古事記は必ずしもそうではないのではないか。その中には、権力の側から漏れた、いわば敗者側の物語が数多く紛れ込んでいる、といってよい。その敗者側の中で大きなウェイトを占めるのが出雲神話だったとすれば、何故出雲神話が古事記にはあって日本書紀には存在しないのか、という疑問にも一定の答えが出てくる。

たしかに氏のいうとおりかもしれない。いままでの通説では、古事記も日本書紀も同じ源泉、同じ材料をもとに作られたと考えられてきた。それにもかかわらず、古事記と日本書紀の間に相違が生じたのは、古事記に比べて日本書紀の方が歴史書としてのあり方にこだわって、余分な物語的な部分を省いたからだと捉えられ、その相違は本質的なものではないとされてきたわけだが、そうすることで、古事記特有の部分が軽視されてきたことは否めないかもしれない。




  
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