日本語と日本文化


日本神話へのシャーマニズムの反映


シャーマニズムは、シベリアから東南アジアにかけての広範な地域に見られる。いづれもの地域のシャーマニズムも、霊媒的な能力を持った巫者(シャーマン)を中心に、現世とあの世との交流を通じて、死者との対話や未来の予見などを図ろうとする、原始的な宗教意識の体系である。

日本においても、シャーマニズムは長い歴史を有している。東北地方におけるイタコやゴミソ、沖縄のノロなどは、日本型のシャーマンであり、最近まで実在していた。彼女らはみな盲目の口寄師として、地域社会に一定の座を占めていた。その職能は、エクスタシーを通じて自らを無と化し、そこに他人の霊を乗り移らせて、その霊をして語らしめるというものであった。

卑弥呼もまた巫女であったとする説がある。古代にあっては占いや霊のお告げは、計り知れぬほど大きな意味を持ったのであり、人々はその結果によって行動することが多かった。このような社会においては、霊媒の地位は高かったに違いない。卑弥呼は自らの霊媒の力によって、人々の上に権威を保ったとも考えられるのである。

日本のシャーマニズムは、口寄や霊媒という言葉に伺われるように、巫女の身体に他人の霊を宿らせるというものであり、憑霊型シャーマニズムといわれている。これに対して脱魂型シャーマニズムというものがある。これは、巫者の霊がその身体を離れて、あの世や別世界に飛翔するというものである。霊は再び身体に戻ると、その口から、あの世や別世界で見聞きしたことを語る。

脱魂型シャーマニズムは、主にシベリアなどの極寒の地にみられる。その歴史も人類史の始まりに遡るほど古いものらしい。これらの地では、身体を離れた霊が、天空や冥界を訪問する類の説話が多く残されているという。

死者を追って冥界を訪問するという話はギリシャ神話にある。オルフェウスの冥界訪問の話である。オルフェウスは死んだ妻エウリュディケーが忘れられず、冥界を訪問して支配者ハーデスに会い、ぜひ妻を連れ戻したいと願う。ハーデスはオルフェウスの気持ちに動かされ、エウリュディケーを連れて行くことを許すが、地上へたどり着くまでは、彼女を振り返ってはならないと条件をつけた。喜んだオルフェウスは彼女を連れて地上に向かい、教えのとおり決して彼女を振り返ることはなかったが、もう少しで地上というところで我慢することができなくなり、彼女を振り向いた。そのとたんに彼女の姿が消えた、というものである。

オルフェウス神話はディオニュソス神話と密接に結びついており、東方起源のものだろうといわれている。したがって、ここに紹介した冥界訪問伝説は、東方の脱魂型シャーマニズムが流れ込んだものと、考えることができる。

ところで、同じような形式の冥界訪問説話が日本神話の中にも出てくる。イザナギノミコトの黄泉国訪問神話である。これを、古事記は次のように描いている。

―是に其の妹(いも)伊邪那美命を相見むと欲(おも)ひて、黄泉(よみの)国に追ひ往きき。爾(ここ)に殿の縢戸(さしど)より出で向へし時、伊邪那岐命、語らひ詔(の)りたまはく、「愛しき我が汝妹(なにも)の命、吾と汝と作れる国、未だ作り竟へず。故(かれ)、還るべし。」とのりたまひき。爾に伊邪那美命答へ白さく、「悔しきかも、速く来まさずて。吾は黄泉戸喫(よもつへぐい)為つ。然れども愛しき我が汝夫(なせ)の命、入り来坐せる事恐(かしこ)し。故、還らむと欲ふを、且(しばら)く黄泉神と相論(あげつら)はむ。我をな視たまひそ。」とまをしき。如此白して其の殿の内に還り入りし間、甚久しくて待ち難ねたまひき。故、左の御美豆良(みみつら)に刺せる湯津津間櫛(ゆつつまぐし)の男柱(おばしら)一箇取り闕(か)きて、一つ火燭して入り見たまひし時、宇士多加礼許呂呂岐弖(うじたかれころろきて)、頭には大雷居り、胸には火雷居り、腹には黒雷居り、陰には拆雷居り、左の手には若雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴雷居り、右の足には伏雷居り、并せて八の雷神成り居りき。

―是に伊邪那岐命見畏(かしこ)みて逃げ還ります時、其の妹伊邪那美命言さく、「吾に辱見せつ。」とまをして、即ち予母都志許売(よもつしこめ)を遣(つか)はして追はしめき。爾に伊邪那岐命、黒御かづらを取りて投げ棄つれば、乃ち蒲の子生りき。是をひりひ食む間に、逃げ行くを猶追ひしかば、亦其の右の御美豆良に刺せる湯津津間櫛を引き闕きて投げ棄つれば、乃ち笋(たかむな)生りき。是を抜き食む間に、逃げ行きき。且(また)後には、其の八の雷神に、千五百の黄泉軍を副へて追はしめき。爾に御佩(はか)せる十拳剣(とつかつるぎ)を抜きて、後手にふきつつ逃げ来るを、猶追ひて、黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に到りし時、其の坂本に在る桃の子三箇を取りて待ち撃てば、悉に逃げ返りき。爾に伊邪那岐命、其の桃の子に告りたまはく、「汝、吾を助けしが如、葦原中国に有らゆるうつくしき青人草の、苦しき瀬に落ちて患(うれ)へ愡む時に助くべし。」と告りたまひて、名を賜ひて意富加牟豆美命と号(い)ひき。

―最後に其の妹伊邪那美命身自ら追ひ来りき。爾に千引の石を其の黄泉比良坂に引き塞へて、其の石を中に置きて、各対(むか)ひ立ちて事戸を度(わた)す時、伊邪那美命言さく、「愛しき我が那勢の命、如此為ば、汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ。」とまおしき。爾に伊邪那岐命詔りたまはく、「愛しき我が那邇妹の命、汝然為ば、吾一日に千五百の産屋立てむ。」とのりたまひき。是を以ちて一日に必ず千人死に、一日に必ず千五百人生まるるなり。故、其の伊邪那美命を号けて黄泉津大神と謂ふ。亦云はく、其の追ひしきしを以ちて道敷大神と号くといふ。亦其の黄泉の坂に塞りし石は、道反(ちがへし)之大神と号け、亦塞り坐す黄泉戸大神謂ふ。故、其の謂はゆる黄泉比良坂は、今出雲国の伊賦夜(いふや)坂と謂ふ。

描写がどぎつく、かつ逃げるイザナギの装具から食物が生じたなど、話への着色も見られるが、大筋においては、オルフェウスの冥界訪問説話とよく似ている。似たような話は、脱魂型シャーマンの魂遊離譚として、多く語られていたのだろう。そしてそれが、なにかの通路をたどって、洋の東西の神話の中に流れ込んでいったのかもしれない。神話学者の中には、日本の神話にこうした北方的な要素があることを手がかりに、日本民族の北方的要素を解明しようとする動きもある。


    


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