日本語と日本文化


放屁抄:安岡章太郎の屁へのこだわり


「放屁抄」という愉快な題名を冠した小品は安岡章太郎の屁へのこだわりを材料にしたものだ。屁というものに対する日仏間の文明論的な相違への言及から始まって、屁を巡る自分自身の体験を記しているうちに、話題が品川女郎の放屁の話に飛ぶ。軽妙なエッセーのつもりで読み始めたところが、いつの間にか小説として展開するわけで、そこがいかにも安岡らしい。

この作品のなかでも触れられているとおり、安岡は子どもの頃から、屁というものに対して複雑な感情を抱いていたようだ。さればこそ処女作の「ガラスの靴」の中でも、オナラの話が出てくるわけだ。主人公の僕が悦子と初めて出会ったとき、「彼女は僕をみて、テレたような、だまってオナラした人がするような笑いをうかべた」というのである。

人前でだまって屁をしたときに、人がどんな表情を見せるものか、筆者にはなかなか思い浮かばないが、安岡にはそれがすぐ浮かんだというのは、日頃屁というものについて、深い思索をしていたからだろう。

その思索の軌跡の一端が、この作品の中で披露されている、そんな風に受け取ってよいと思う。深い思索に裏付けられた説だから、人はそれを読むことで、少しは利口になるに違いない。

さて、安岡はこの小文をサド侯爵の話から始める。サド侯爵は13年の長きにわたって牢獄につながれたのだが、それはマルセーユの娼婦たちに屁のよく出る薬を入れたボンボンを食わせようとしたからだった。それに対する罪状は毒薬殺人未遂というもので、サド侯爵は厳罰に処せられた。放屁剤を飲ませて無理やり屁をさせるというのは、肉体に対する傷害行為として観念されたわけである。

サド侯爵がこんなバカな行為をしたのは、男色の相手がいないので、女を相手に鶏姦するのが目的だったのだろうと安岡は推察している。「部屋に閉じ込められた女が、プップとガスを放ちながら逃げ惑うのを追い回すというアイディアには魅力がある」というのだ。

こんなことをいいながら安岡は、日本人は屁と言うものについて、もっと違った見方をしているという。フランス人が屁を純粋な生理現象として捉えているのに対して、日本人はそれを精神的なものとして受け止める。屁というものは恥ずかしさの感情と強く結びついているというのだ。これは自分自身の経験からもいえる、と安岡は言って、自分の幼い頃の屁の思い出、それも苦い思い出について語るのである。

母親と懇意にしている夫人がいて、幼い安岡はその夫人に日頃親しみの感情を抱いていたのだが、その親しみの感情から、夫人に向かって自分の屁を披露したことがあった。そうすることで喜んでもらえると思ったからだ。なにしろ屁というものはごく個人的なもので、それを披露するというのは、相手に対する親密な感情を披露するのと同じなのだと幼い安岡は思ったのだったが、意に反して、その夫人から帰ってきたのは軽蔑の言葉だった。人前でオナラをするなんて汚いというのである。

この言葉にショックを受けた安岡少年は、以後屁というものに複雑な感情をもつようになり、また婦人全般に対しても引っ込み思案になってしまった。いざと言う時に、婦人の前でオナラをしやしないか、不安にとらわれたからだという。

ところで、幼い安岡が夫人の前で何回も屁をすることが出来たのは、特別な技能を身に着けていたからだろう。屁というものは、いつでも出せるというわけにはいかないのだ。自在に屁を放つにはやはり技能がいる。それは外から空気を腸内に取り込む技術であるが、それには肛門の筋肉を自在に操れるのでなければならぬ。

実は筆者も幼い頃に、屁を放って遊んだ経験がある。屁を放つというのは、なかなか愉快なことなのである。だが幼い筆者はまだ肛門の筋肉を自在に操ることはできなかった。そこでどうしたか。俯けに寝そべって、尻を高く持ち上げるのである。すると肛門の隙間から空気が直腸の中に入り込んでくる。それをある程度溜めてから尻をふんばる。するとプッという音をたてて屁が出てくるのである。

さて、安岡は幼い頃の出来事もあって、屁というものに対して、普通の日本人が有するのと同じコンプレックスを感じるようになった。しかし、そのコンプレックスがまた、屁というものを多義的にとらえる態度を安岡に植え付けもした。安岡は一方では屁に対してある種のいかがわしさを感じるとともに、そのいかがわしさを笑い飛ばしてみたいという健全な感情をも抱くようになったのである。

屁を笑い飛ばす、というのは、屁について洗練された感情を持った民族のみがなしうることである。屁を単なる生理現象と捉えている民族は、屁を笑い飛ばすようなことはしない。そういう人々にとって、屁は尿同様健康のバロメーターではありえても、笑いの種になることはないのだ。

屁を笑い飛ばした一例として安岡は平賀源内の「放屁論」を取り上げる。この中で源内は、肛門を楽器代わりに使って屁の音楽を披露する芸人のことを紹介しているのだが、それを安岡は、「こうした屁ひり男を芸人として扱うところに、江戸時代の文化の爛熟ぶりが想像され、感心せずにいられなかった」というのである。

「放屁論」の中にはまた、客の前で屁を放ったことを恥じて自殺しようとした品川の女郎の話が出てくる。屁というものはそれほど恥ずかしいものでもあったわけである。この時には、客が放屁のことを決して口外しないと誓約書を書いてくれたので、女郎は自殺を思いとどまったということだ。

品川の女郎の話に飛んだところで、安岡は自分の女郎買いの体験を語る。幼い頃から婦人に対して複雑な感情を抱いていた安岡は、あの道には奥手の方で、女郎を買ったのはかなり年が進んでからだったが、ほかならぬその童貞破りの床で、「ああ、おならがしたくなっちゃったな」と口走ってしまったというのである。それに対して女は東北なまりの言葉で鷹揚に、「いいわよ、落とすても・・・」といってくれたそうだ。

「よし原に屁をひりに行くきつい事」という古川柳を引用して、安岡のこの小品は終わっている。


    

  
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