日本語と日本文化


伊豆の踊子:川端康成の揺れる視線


「伊豆の踊子」は川端康成の出世作で、事実上の処女作といってもよい。多くの作家にとって、処女作にはその後の作家活動の要素となるもののほとんどが盛られているのと同じく、この作品にも、川端らしさといわれるものの多くが盛り込まれている。というより、その後「雪国」や「山の音」で展開された川端らしさよりも、もっと多くの要素が盛られている。ということは、川端はこの作品で一応自分の持っていたものをすべて盛り込んだうえで、次第にそれらのうちの余剰を切り捨てることで、自分独自の世界を確立していったということになる。この作品はしたがって、川端が自分の作風を確立するうえでの模索のような位置づけをもっているということだ。

川端の作風のうち最も顕著な特徴は、視覚的なイメージが豊富だということである。川端の作風は新感覚派といわれるように、感覚を重んじる点にあるといえるが、その感覚の中でも視覚のウェートが圧倒的に高い。視覚的なイメージが豊富と言うことは、絵になりやすいということだ。だから川端の小説は映画やテレビドラマに何回も取り上げられた。この「伊豆の踊子」も6回も映画化されている。

だが、「伊豆の踊子」には視覚的イメージ以外にも様々な要素が盛られている。この小説は、骨組としては若い男の淡い恋の物語である。その恋と言うのが、伊豆を旅している最中に出会った旅芸人一座の娘への若者らしい官能的なうずきなのだが、実はその娘はまだ年端のいかない子供だったということがわかる。若者は、できたらこの娘とセックスをしたいと思っていたのだが、相手が子供ではそうもいかない。というわけで、若者はどうしたらよいかわからなくなってしまい、ついには涙を流して泣いてしまうのである。こんなやわな若者は、小説の主人公としては、あまり格好がよくない。その格好の良くない若者とは、実は川端本人のことであった。その自分自身の格好悪さを包み隠さず描き出したというのが、この小説なのである。

この小説が川端の実体験をそのまま描いたということについては、川端自身がそのことを保証している。だから小説の語り手である私とは川端自身のことなのである。その川端の視線の先に見えていたものを語った、それがこの小説というわけなのである。

その視線は最初のうちは、娘に集中的に向けられているわけなのだが、娘が子供だと判った時から、娘だけでなく、さまざまなものの合間を漂うようになる。それ故この小説は視線のゆらめきを描いたものだと言ってもよい。

ともあれ、この視線が娘の裸体を捉えたところを見てみよう。非常に有名になった入浴のシーンである。若者が宿の部屋から川向こうの共同湯を眺めていると、湯気の中から女の裸体が現れる。

「仄暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思ふと、脱衣場の突鼻に川岸へ飛び下りさうな格好で立ち、両手を一ぱいに伸して何か叫んでゐる。手拭もない真裸だ。それが踊子だった。若桐のやうに足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。子供なんだ。私たちを見つけた喜びで真裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先きで脊一ぱいに伸び上る程に子供なんだ。私は朗らかな喜びでことことと笑ひ続けた。頭が拭はれたやうに澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった」

この娘は外見からは十七・八に見えた。そう見えるように仕組んでいたこともある。それで若者はすっかり勘違いしてこの娘に欲望を抱いたわけだが、娘を裸にしたところ、まだ子供のままの姿で現れた。そこで、思惑と現実とのすれ違いが鮮やかなコントラストを描く。そのコントラストが思わず若者の笑いを誘う。この笑いは、一つには自分に対する照れ隠しであるとともに、清らかなものを見て心を洗われたことに対する単純な喜びだとも思える。

こうした文章を読むと、その場の出来事が鮮やかな視覚的イメージとして浮かび上がってくる。視線の作家としての川端の面目躍如といったところだ。

視覚と並んで重要な役割を果たしているのは、皮膚感覚だ。若者と旅芸人が天城の山中を歩いているときに驟雨に出会う。そこで彼らはずぶ濡れになりながら走る。その雨に打たれる感覚が強烈な皮膚感覚として読む者にも伝わってくる。若者は雨に打たれ寒さで震え上がる、その寒さの感覚を山中の茶屋の囲炉裏の火が暖めてくれる。身体が次第に暖まって心までが寛いでくる、その感覚もまたレアリティを伴って読者に伝わってくる。川端のこの作品には、共感を呼び込むような不思議な魅力がある。

以上は、感覚にまつわる印象だが、旅芸人への差別をさらりと描いているところも、この小説の大きな特徴だ。雨宿りをした茶屋のばあさんは、彼らに対して露骨な軽蔑を隠そうとしないし、下田の近くの村の入り口には「物乞ひ旅芸人村に入るべからず」と記した立札が立っている。当時の旅芸人は乞食同然に扱われていた。その差別をこの小説ではさらりと描いている。別に差別に対して憤慨するわけでもないし、当の芸人たちが気にしている様子もない。

この小説の中の旅芸人たちは、宿無しと言うわけではなく、故郷もあれば、家もある。いわば出稼ぎ感覚で旅に出、客があればそこに足を止めて芸を披露する。こういう人たちが、かつての日本の社会には大勢いて、差別されながらもけなげに生きていた。川端はそういう人たちと偶然出会う機会があって、その出会いをたまたま小説の材料に取り入れただけで、別に差別をテーマにして小説を書こうと思ったわけではあるまい。だが、旅芸人について描けば、人々による差別にも触れざるを得ない。しかし大上段に構えて描くのも大人げない。というわけで、さらりと描くという程度にとどめたのであろう。

差別の反対として、この小説の主人公はエリート階層に属する者として描かれている。彼の出会う人々が、彼をエリートとして遇するのである。当時一高生といえば、まぎれもないエリートだったわけだ。この小説はそのエリートと、被差別者との触れ合いを描いているわけだ。社会の階層のそれぞれ反対側に位置する者が簡単に結ばれるわけにはいかない。それ故彼らは別れなければならなくなるわけだ。この小説では、別れる理由を別にあげているが、基本的には、それぞれが住む世界が違う故に、一緒になることができなかっただけの話なのである。




  
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