日本語と日本文化


井上靖「しろばんば」


井上靖は自伝的な小説をいくつか書いているが、「しろばんば」は彼の幼年時代を書いたものだ。井上が特異な幼年時代を過ごしたことは、彼の母親とのかかわりを描いた映画「わが母の記」で知ったところだったが、映画ではちらりとだけ言及されていた「おぬい婆さん」との共同生活が、「しろばんば」では実に情緒豊かに描かれていて、筆者は読みながら大きな感動に包まれた。

感動の湧いて来る源泉は、一つには、小さな少年が暖かい人間関係に守られながら、ゆっくりと成長していく過程で漂ってくる詩情のようなもの、もう一つは、少年が生きた時代の日本という国のあり方が、現在の日本に生きる我々に呼びかけてくる、何とも言えないノスタルジックな気分のようなものだったと思う。

井上靖の幼年時代だから、この小説がカバーしている時代は大正初期、舞台は伊豆の山奥にある小さな村湯ヶ島だ。湯ヶ島といえば、今日では温泉街として知られているが、大正の初期には、全くの寒村だったことがこの小説からわかる。その寒村の中で、少年は濃厚でかつ暖かい人間関係に包まれながら、少しづつ、急がずに、ゆっくりと、成長していくのだ。その成長の過程が、読者にとっては、思わず自分のことのように、いとおしく感じられるというわけなのだろう。

少年をとりまく人間関係の中で、中核となるのはおぬい婆さんとの共同生活だ。おぬい婆さんは、少年の曽祖父の妾だった女で、その曽祖父が、少年の母親である自分の孫娘の養母というかたちにしてやって、家屋敷を与え、晩年の生活を保障してやったという経緯があった。曽祖父は、自分に一生を捧げてくれた妾に報いてやったわけなのだ。

だからおぬい婆さんは、少年にとっては養い上の祖母と言うことになるが、実際には、少年はそんな風には思っていないし、周囲もまたそんな風には認めていない。あくまでも、曽祖父の妾として、曽祖父の家はもとより、様々な人々に厄介を掛けてきた一人のよそ者の老婆に過ぎない。

そんな老婆と、少年が二人だけの共同生活をするようになったいきさつは、ちらりと言及されているだけで、そんなに深くは説明されていない。ただ、少年にとって、おぬい婆さんとの共同生活は、自然でごく当たり前のこととして受け止められている。

この小説は三人称の語り口をとってはいるが、あくまでも少年の目線に従って展開している。したがって、少年の意識を超えたような、客観性の記述を持ち込むことはない。少年の目に見え、感じたところが陳述されるばかりなのだ。

おぬい婆さんとの関係に次いで深い人間関係は、親戚たちとの関係だ。すぐ近くには、母親の実家があり、そこには曾祖母、祖父母、母親の妹弟たちが住んでいる。また学校の校長石森は少年の父親の実兄で、父親の実家は隣り部落にあるということになっている。

これに対して、少年の両親は豊橋に住んでいる。父親が軍医として豊橋にある師団に勤務しているからだ。この両親に、少年は普通の子どものような親愛感を感じていないように書かれている。少年の思慕の対象は、両親よりもまずおぬい婆さんなのだ。

少年にとって、肉親や親戚との関係以上に重大な意味を持っているのは、同じ小学校に通う近所の子どもたちとの関係だ。少年の生活は、半分は大人たちとの関係、半分は子どもたちとの遊びからなっている。この小説の大部分は、少年と子どもたちとの遊びの世界からなっているといってもよい。

そんな少年たちの遊びの世界を読んでいると、かつての日本社会がいかに濃密な人間関係を内包していたか、あらためて感じさせる。その人間関係は、プラスなものばかりではない。マイナスのものもあるし、ときには暴力的でもある。しかしどちらに傾いても、実に人間的なのだ。

そんなふうに感じさせるところをいくつかあげてみよう。子どもたちはいつも、部落ごとに群を作って遊んでいる。子どもたちの中には、年齢によって一定の序列のようなものがあるが、みな遊び仲間と言う点では平等だ。子どもたちは男の子も女の子も区別なく、みんなで真っ裸になって、温泉に浸かったり、川で泳いだりする。裸でないときには、着物を着て、帯で前を抑えている。

違う部落の子どもたちとは、基本的には仲良くしない。違う部落の子どもたちは、互いに石を投げつけ合ったりして、敵意をぶつけ合う。だから少年は用事があって他の部落を通過せざるを得ないようなときには、絶えずその部落の子どもたちの敵意を感じなければならない。とにかく子どもというものは、敵に対しては残酷になれる生き物なのだ。その残酷さは、弱い動物に対しても発散される。子どもたちは動物を見かけると、石を投げたり、痛い目に会わせてやろうとするのだ。

子どもたちにとって学校は、学ぶためのところではなく、遊ぶためのところであったようだ。そんな子どもたちにとって、学校の先生とは怖い存在であった。というのも、先生たちはわけのわからないことで子どもたちを怒鳴り散らし、耳を引っ張ったり、横っ面にビンタをはったり、とにかく体罰を加えることが好きな存在なのだ。

小説は、そんな子どもたちや大人たちと主人公とのかかわりを延々と描いていくのだが、読者にはその延々としたところが退屈にはうつらない。そこは井上靖という作家の筆の力がしからしめるところなのだと思う。

小説がカバーしているのは、少年の小学2年生の時から、6年生がおわる直前までだから、4年半ほどのスパンである。その4年半に少年が部落から外へ出ていくのは、そんなに多くはない。小説の中で最初に少年が部落を出るのは、おぬい婆さんと一緒に豊橋にいる両親に会いに行くシーンである。その時に少年は、生まれて初めて外部世界の空気に触れたような気がするのである。

しかし、成長していくにしたがって、単調な少年の生活にも、節目となるような、様々な出来事が起こる。母親の妹で少年をかわいがってくれた咲子が、同僚の教員と恋をして子供を産み、やがて肺結核で死んでいく。

曾祖母が枯れるようにして死んでいき、その遺体を収めた柩を部落全員で墓地のある丘まで運んでいく。

ある日、部落の中でのろま扱いをされていた一人の少年が神隠しに会う。その少年を探している間に、主人公の少年もまた、狐につかれたような状態に陥る。このころの時代に生きていた人々は本気で、神隠しやキツネツキの存在を信じていたのだ。

少年は小学校を卒業したら、おぬい婆さんの手を離れ、親元から中学校に行く段取りになっている。そこで、卒業を半年ほど後に控えたある時期、母親が少年の妹弟をつれて湯ヶ島にやってくる。少年はいよいよ、おぬい婆さんの手を離れ、思春期を迎えた一人の人間として、自立を探らねばならない時期に近づいているのだ。

小説のキリの部分は、少年とおぬい婆さんとの別れを描くことに集中する。おぬい婆さんは少しづつ耄碌していく。しかしジフテリアにかかってしまった少年は、ついにおぬい婆さんの死に顔を見ることがなかった。それは少年につらい思いをさせたくないとの神様の御配慮なのだ、と祖母はいう。

そんなおぬい婆さんの死を少年は次のように受け止めるのだ。「おぬい婆さんは仏様になって、まだ大勢の人から拝まれるものとしてそこらに居るというような、そんな死に方ではなかった。突然息を引き取り、長方形の木の箱に入れられ、山へ運ばれて土の中に埋められてしまったのである。地上からすっぽりと、跡形もなく消えてしまったのである」

おぬい婆さんとの死に別れは、ある意味で主人公の少年時代との決別を象徴している、と読者は感じさせられる。そう感じさせられたところで、この小説は結末を迎える。

結末の部分では、少年が母親たちと浜松に向かう途上、大仁の駅前でちんどん屋を見るシーンが描かれる。ちんどん屋を見て、少年は面白いと感じるのではなく、侘しいと感じる。

「侘しい、侘しい・・・そんな気持ちを、耕作は胸に抱きしめていた。郷里を離れる日の感傷的な気持でもあったが、また一方で、耕作は侘しい音楽を、やはり侘しい音楽として受け取るだけの年齢になっていたのであった」

一人の少年を材料にして、人間の成長する過程を淡々と描いているこの作品は、それまでの日本文学の枠を大きくはみ出したものだといえる。筆者はこの小説を読んで、そんな感想を抱いた。


    

  
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