日本語と日本文化


女ことば 男ことば


日本の演歌を聞いていて、女性歌手向けに作られた歌を、男性歌手が歌うと異様に聞こえるだろう。たとえばかつて藤圭子が歌った「夢は夜ひらく」を鶴田浩二が歌ったら、聞くものは皆ずっこけるに違いない。

これに対してフランスのシャンソンなどは、同じ歌を男女どちらが歌っても、ごく自然に聞こえるものがほとんどだ。実際エディット・ピアフの持ち歌の多くはイヴ・モンタンも歌っている。シャンソンは日本の演歌のように、特定の歌手の専売品ではないので、男女さまざまな歌手によって歌われており、歌詞そのものから歌い手の性差をことさらに意識させられることはない。ジャズやアメリカのポップソングも同様だ。

これは言語表現のあり方の違いによる。英語やフランス語などヨーロッパ言語においては、話される言葉は男女によって違いはない。自分を呼称する自称詞も共通だし、表現の中身にも男女の差はない。だから話された言葉からは、それが男女のどちらによって話されたかは、形式上は分らない。それがわかるのは、話の中身そのものに、それが男あるいは女が離しているのだという、具体的なメッセージがある場合だけである。

ところが日本語は、話し言葉の形式そのものの中に、男女の性差が組み込まれている。自称詞が「ぼく」や「おれ」であれば。それは男が話しているのであり、「あたし」であれば、女が話しているのだとわかる。

また表現の仕方にも男女の違いがある。ことばの末尾などはその代表的なものだ。たとえば「すてきだわ」、「おもしろいわね」、「だめよ」といった言い方は、普通女しか用いない。男がそういう表現をすると、「おかま」であると疑われかねない。

こういうわけで、日本語の話し言葉の最大の特徴は、性差が刻印されていることだといえる。

英語やフランス語で書かれた小説を読んでいると、会話の文章そのものからは、それが男によって話されているのか、女によって話されているのか、字面からはわからない。したがって作家たちは、会話の内容に性差を色濃く反映させたいときには、それを意識させるような表現をことさらに加えなければならない。ヨーロッパ文学が日本のそれにくらべて、くどくどしすぎると思われる表現が多いことは、日本人なら誰しも感じることだ。

日本語は会話そのものの字面から、話し手が男女どちらであるか容易に見分けられる。だから、くどくどしい表現をしなくても、そこに濃厚な性差のイメージを感じ取ることができるようになっている。

ところで、日本語における男女の表現の相違が完全に対照的かというと、そうではない。男は普通標準語とされるものを話すが、それは女も話す。男は基本的に標準語の範囲内で発話をするのに対し、女はそれに加えて女特有のことばを話すのだ。この女に特有なことばを「女ことば」という。

女ことばのような体系を持っている言語は、日本語以外にもあるかもしれないが、とにかく、日本語における「女ことば」の体系は非常に洗練されたものだ。

女ことばが、いつごろ、どのようにして成立したのかは、くわしくは分らない。徳川時代には高度に洗練されたものになっていたようだ。その背景として、女子に対する大々的な教育システムがあったことがあげられる。

徳川時代の女訓書である「女今川錦の子宝」には、女子の言葉使いについて次のように奨励している。「おんなは、ことばおほからず、ことばを選び、言てさがなきことをいはず」つまり女はしゃべりすぎず、言葉を選んで、必要のないことはいうな、というのである。

この思想は明治以降にも受け継がれ、「修身」の教科書にも採用された。たとえば「新撰女大学」には、「婦人の言葉遣いは、おとなしくしとやかに、耳立たぬを善しとす」といった具合だ。

一方男の言葉使いについて戒めた例は見当たらない。男だからこういう風に話すべきだという規範意識が、そもそもなかったのだ。

いわゆる「男ことば」として、男しか用いない言葉があるが、それは標準語からの逸脱であり、特殊な社会やグループ内での変種であり、規範として男が用いるべき言葉ではなかった。男は標準語を普通に話せれば、それで十分なのである。

こうしてみると、日本語における女言葉は、自然発生的に生まれてきたというより、制度によって意識的に醸成されてきたものだという感じを受ける。それはだから、男女のあり方についての、社会全体の規範意識が色濃く反映したものだともいえる。言語のイデオロギーということもできよう。


    

  
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