日本語と日本文化


への話:言葉の語源


「へ」の話といっても、臭いをともなったあの「へ」のことではない。接尾詞としてほかの言葉にともなわれ、場所や位置についての観念をあらわす「へ」のことである。たとえば「みずべ=水辺」とか「いそべ=磯辺」という言葉の中にあらわれる「へ」である。

日本語には、自分の今いるところを中心とした時空上の位置取りを、この「へ」を使って表現しているものが多い。

まず空間いついてみると、「まえ=前」、「うしろ=後」、「うえ=上」などがそれである。「まえ」はもともと「まへ」といった。「まへ」とは目の向いている方角をさしているのである。「うしろ」は「しりへ」が転化した形である。「しりへ」とは尻のついている方角という意味である。

「うえ」は「うへ」だが、これの原義はいまひとつ分らない。筆者などは、「うく=浮く」と関連があるのではないかと推測している。浮くとは上の方向への移動を示唆する言葉である。しかして「うく」は「う」と「く」からなっている。「く」はほかの言葉について動作を表す接尾詞であることから、「う」が頭の上の方角をさしていたと考える理由はある。

次に時間については、「いにしえ=古」、「ゆくえ=行方」、「とこしえ=常」などがある。「いにしえ」は「いにしへ」といって、過ぎ去った方向をさす言葉である。「ゆくえ」は「いくへ」のことであり、これから行くべき方向または来るべき時間をさした。「とこしえ」は「とこしへ」であり、「とこ」つまり常にあるような方向、永遠を表している。

これらが「へ」の基本的な使い方だが、その内容が場所や方角を表すところから、地理を表す言葉として多用されるようになる。冒頭に引いた「みずべ」、「いそべ」のほか、「やまのべ=山辺」、「ふちのべ=淵部」、「かわべ=川辺」、「みちべ=道辺」といった具合だ。

ところで古代の日本には「べのたみ=部民」というものがあった。この「べ」も「へ」のバリエーションの一つである。

「べのたみ」とは古代の大和政権が導入した制度で、臣民をその職能に応じて集団化し、それぞれの集団を「べ」と名づけた。「あまべ」とか「もののべ」といった具合である。これは臣民一人一人がどの集団に属しているかをあらわす指標であり、位置づけを表す言葉である。「へ」という言葉の持つ位置どりのニュアンスが、集団の把握に使われたわけである。

職能に基づく「べ」は「しなべ=品部」と呼ばれた。漁民は「あまべ=海部」、織物を作る人は「はとりべ=服部」、狩猟をこととする人は「かひべ=飼部」、司法に携わるひとは「おさかべ=刑部」といった具合である。

「もののべ=物部」は、「もの」つまり戦をこととする集団をさした。「もの」とは「もののふ」の「もの」と同じものである。

この「べのたみ」の名称はいまでも、姓氏の名称として残っている。服部さんは「はとりべ」から「べ」が脱落し、さらに「はとり」が「はっとり」に転化したわけだ。また「かひべ」は動物の種類に応じて、犬飼、鳥飼などとなった。犬飼さんは犬をけしかけて狩をする人々、鳥飼さんは鷹狩をする人たちを、先祖に持っていた可能性がある。

「べ」は職能集団のほか、豪族の分類にも使われた。「蘇我部」とか「大伴部」がそれで「かきべ=曲部」と呼ばれた。大和王朝の覇権が確立した後、古い豪族たちがその支配化に組み込まれたことを物語っている。

このように、「へ」という言葉には位置取りや方向の観念が含まれていることを考えれば、冒頭に述べた臭いのついた「へ=屁」も、もともと同じ仲間だったのかもしれない。日本語には、はばかる気持ちを微妙に表現する言葉が多いから、「屁」もまた、ずばりそのものをさすのではなく、なんとなく何かが漂ってくる方向として、間接的に表現された可能性は十分ある。


    

  
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