日本語と日本文化


男根をあらわす呼称


南方熊楠は小論「摩羅考」の中で、男根をあらわす言葉「まら」が記紀時代に遡る古い言葉であることを立証したが、その語源については特に言及しなかった。そこで筆者は、小学館の「日本国語大辞典」や「日本語源大辞典」を開いて、あたってみた。すると、この言葉は古代語で排泄することを意味する「まる」が転化したとする説が載っていた。男根は尿を排泄する器官だ。そのことを古代語では「尿(しと)まる」という。そこから「まら」という言葉が成り立ったのではないか、そのように推測しているわけである。

しかし、どうもストンと腑に落ちないところがある。排泄ということならば、肛門だって同じだ。古事記には「糞(くそ)まる」という言葉も出てくる。肛門なら女性にだってついている。それなのに、「まる→まら」の連想を、ことさら男根に限ったのはどうしたわけか。そこのところが見えてこない。

筆者は筆者なりに、「まら」と「まろ」との間の関連を考えている。「まろ」は古代に男子の名に広くつけられていた言葉だ。例えば「人麻呂」や「虫麻呂」と言った具合に。この「まろ」は、男性的な性質を現す言葉なのだろうということは、容易に想像がつく。その「まろ」と「まら」の共通の語源は明らかにはできないが、どうも男性をあらわすその共通の語源から「まろ」と「まら」が生まれて来たのではないか、そんな風に推測できるのである。

男根に関する呼称は、ほかにいくつもある。その中で語源がはっきりしているのは「かり」だ。亀頭を現す言葉である。これはもともと「かりくび」といった。鳥類の雁、その頭のことである。男根の先端部の形が雁の首の形に似ているところから、そう名付けられたわけである。それが後に「かり」になった。

陰嚢を「ふぐり」というが、これは「宇治拾遺物語」に見えるから、中世の始めの頃には成立していた言葉だ。宇治拾遺物語の一節を紹介すると、「ほそはぎかきいだしてふぐりあぶらんなどさぶらはば」というのがある。これは、脛を露出させて陰嚢を火にあぶろう、という意味である。そのふぐりが暖められてだらりと下がることを「ふぐりが下がる」といった。安心するという意味である。(浄瑠璃役行者大峰桜)

「ふぐり」の語源はおそらく「ふくろ」と共通なのだと思われる。その「ふぐり」は今でも生きている言葉で、九州では「ふぐい」、沖縄では「んぐい」、滋賀では「ほぐり」、山梨では「ほんぐり」などと転化する。

ふぐりにおさまった玉、つまり睾丸のことをキンタマともいうが、これは近世以降の言葉だと思われる。貴重な玉ということから、金の玉=金玉になったのだろう。

また男根=陰茎の別称に「ちんぽ」あるいは「ちんぽこ」というのがあるが、これは珍宝が転化した形だと思われる。女陰の別称である玉門に対応させた呼称である。玉門を珍宝もて開くという発想だ。そもそも女陰を「開」といい、男根を「閉」といったように、男女一対のものとして考えようとする発想が、このような呼称を生み出したのだろう。




  
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