日本語と日本文化


いといたはし:日本語の語源


「いたはし」「いたまし」「いとはし」「いとほし」などの語はいずれも、心の痛みを表す言葉であるが、「いた」を共通の語基としている、と言語学者の阪倉篤義氏はいう。(「いと」は「いた」が母音交代したものである「日本語の語源」)。

「いた」には「いたりて尊し」のように、「きわめて」という意味が含まれていたと考えられる。極度あるいは極限の状態をさす言葉である。これが心の状態について用いられ、心が極限状態になることをいうようになった。そこから精神的な苦痛を伴う、という意味を帯びるようになり、さらに発展して心身にわたる苦痛を表す言葉になった。

「いたはし」といえば、心身両面にわたって苦痛を感じるさまを表した。基本的には自分の心の状態についていったと考えられるが、それのみならず、他人の心身の状態についても用いられるようになった。「あのひとのさまはいたわしい」のように。

「いたはし」という形容詞形に対して、いたわしく感じる行動や動作を表すのが「いたはる」という動詞である。これは「自分が苦労する」というのが原義であるが、他動詞として用いられて「他人の苦労に同情する」という意味になった。

「いたし」は「いたはし」が簡略化した形で、心身の苦痛を更に強調した言葉である。現代語でも、「痛い」は身体的な痛みにも、心の痛みにも用いられる。

「いたむ」は「いたし」の動詞形であるが、これから「いたまし」が生まれたと思われる。意味合いは「いたはし」とほぼ同じと考えてよい。

「いたむ~いたまし」の組み合わせから、「いたふ~いたはし」の組み合わせが連想されるが、「いたふ」という動詞の用例は確認できないと阪倉氏はいっている。

「いたふ」は「いとふ」の形で用いられた可能性がある。これから「いとほし」という形容詞が生まれた。「いとほし」とは、心の苦痛の一つのあり方として「嫌な気分がする」という意味である。それと共に、困った事情に陥った人に同情し、またそのような人をいとおしむ気分を表すようにもなった。

「いとはし」は「いとほし」の転化した形で、やはり「嫌な気分」という意味である。

「いた」が「いたく」のように副詞として用いられると、極めて、非常に、という意味になる。「いた」はまた音韻転化によって「いと」になった。これも、極めてとか、非常にとかいう意味である。

こうしてみると、「いた」には苦痛と同情とが同居しているといえる。自分の苦痛が他人の中に投影されると、それは同情と愛の感情に転化する、というわけである。




  
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