日本語と日本文化


出世景清三段目:小野の姫の拷問


阿古屋と対比すると、小野の姫のほうはおよそ貞淑な女性として描かれている。彼女は自分の身を犠牲にしても、父親や夫の命を救おうとするけなげな女性なのである。そこのところは説経の「さんせう太夫」における安寿姫の献身を想起させる。このような女性は、日本人にとっては、永遠の理想像であったかのようである。

出世景清の三段目は、そんな小野の姫の献身振りを感動的に語る。

頼朝方は景清をおびき出すために熱田の大宮司を捕らえて拷問するが、それを憂えた小野の姫は、自分が身代わりになっても父を助けたいと、乳人を伴って六波羅をめざす。

本フシ「思ひ思ひに積み重ね
ハルフシ「せめては憂きに、かはらんと、乳人ばかりを力にて
小ヲクリ「旅の、衣手涙つめたき紅に
フシ「紅絹裏濡れて夕ざれし
ハルフシ「空飛ぶ雁の、帰るさに、物忘れせぬ故郷の、風も我が身に吹きかへて今の門出を、
フシ「終りぞと国の、なごりも、つつましく
・・・
スエテ「とくとくゆけば洛陽や、
フシ「六波羅にこそ着きにけれ」

ここの部分は伝統的な道行を踏まえて、聞かせどころになっている。・・・で示した部分にその道行きの文章が入るのであるが、それは能から古浄瑠璃へと受け継がれてきた、諸国尽くしの美しい文章である。

六波羅に着いた小野の姫はさっそく父親の解放を訴え出る。頼朝方は小野の姫に景清の所在を吐くよう強要するが、小野の姫は口を閉ざして答えない。

地色「なう恨めしや命を捨てて、是まで出る程の心にてたとへ行方を知ったればとて申さうか、是の上は水責め火責めにあふとても夫の行方も存ぜぬなり、ただ父上を助けてたべと
スエテ「声も惜しまず泣き給ふ
詞「おおいふまでもないことさ、おのれ落ちずはただ置くべきかと、
地「高手小手に縛り付け六条河原に引き出だし、種々に拷問したりしはなう情けなうこそ、見えにけれ」

頼朝方は、それでは身体に物を言わせてやろうと、小野の姫に拷問を加える。まず姫を裸にして縄をかけ、12段の梯子に結わえ付けて水責めにする。姫はそれを勇敢に耐え「今是の水にて死する命は惜しからじ、夫の行方は知らぬぞや千日千夜も責めたまへ」と絶叫するばかり。

頼朝方はそれではと、古木責めといって首に細縄を結わえて松の枝に吊るしたり、火責めといって焦熱地獄に突き落としたりするが、姫は歯を食いしばって耐え抜く。

ここの部分は「さんせう太夫」における安寿姫の拷問の場面に劣らぬ凄惨な光景である。だが安寿姫が拷問の結果絶命するのに対して、小野の姫は命を助けられる。景清が姫の窮状を聞きつけて救出しに来るからである。

詞「悪七兵衛景清はいづくにてか聞きたりけん、諸見物の其の中を飛び越え跳ね超え垣のうちに踊り入り、こりゃ景清ぞ見参とはったと睨めまはし、二王立ちにぞ立ったりける」

観客たちはことここにいたって、ほっと胸をなでおろしたことだろう。だが作劇上の効果からいえば、姫の命を景清に助けさせたのがよかったのかどうか、それはなんともいえない。説経の「さんせう太夫」は、安寿姫の拷問死が、見る者の怨念をかきたて、それが劇全体にすさまじいまでの迫力をもたらした。厨子王の復讐はこの怨念に支えられて始めて、行為の根拠を獲得するのである。

それはさておき、小野の姫の救出に現れた景清は、そのままあっさりと縄手にかかる。自分が隠れている限り、大宮司や小野の姫に災いが及ぶことを観念してのことだった。

こうして獄に繋がれた景清をめぐって、劇はいよいよクライマックスに突入するのだ。


    

  
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