日本語と日本文化


逢坂越えぬ權中納言(一):堤中納言物語


五月待ちつけたる花橘の香も、昔の人戀しう、秋の夕に劣らぬ風にうち匂ひたるは、をかしうもあはれにも思ひ知らるゝを、山郭公も里馴れて語らふに、三日月の影ほのかなるは、折から忍び難くて、例の宮わたりに訪はまほしう思さるれど、「甲斐あらじ」とうち歎かれて、あるわたりの、猶情あまりなるまでと思せど、そなたは物憂きなるべし。「如何にせむ」と眺め給ふほどに、 「内裏に御遊び始まるを、只今參らせ給へ」 とて、藏人の少將參り給へり。

「待たせ給ふを」 などそゝのかし聞ゆれば、物憂ながら、 「車さし寄せよ」 など宣ふを、少將、 「いみじうふさはぬ御氣色の候ふは、たのめさせ給へる方の、恨み申すべきにや」 と聞ゆれば、 「かばかりあやしき身を、怨しきまで思ふ人は、誰か」 など言ひかはして參り給ひぬ。琴・笛など取り散らして、調べまうけて待たせ給ふなりけり。ほどなき月も雲隱れけるを、星の光に遊ばせ給ふ。この方のつきなき殿上人などは、眠たげにうち欠伸しつつ、すさまじげなるぞわりなき。

御遊び果てゝ、中納言、中宮の御方にさし覗き給ひつれば、若き人々心地よげにうち笑ひつゝ、 「いみじき方人參らせ給へり。あれをこそ」 など言へば、 「何事せさせ給ふぞ」 と宣へば、 「あさて根合せし侍るを、何方にか寄らむと思し召す」 と聞ゆれば、 「あやめも知らぬ身なれども、引きとり給はむ方にこそは」 と宣へば、 「あやめも知らせ給はざなれば、左には不用にこそは。さらば此方に」 とて、小宰相の君、押し取り聞えさせつれば、 御心も寄るにや。「かう仰せらるゝ折も侍りけるは」 とて、憎からずうち笑ひて出で給ひぬるを、 「例のつれなき御氣色こそ侘しけれ。かゝるをりは、うちも亂れ給へかし」 とぞ見ゆる。

左の人、 「さらば此方には、三位の中將を寄せ奉らむ」 と言ひて、殿上に呼びにやり聞えて、 「かかる事の侍るを、此方に寄らせ給へと頼み聞ゆる」 と聞えさすれば、 「ことにも侍らぬ心の思はむ限りこそは。」 と、頼もしう宣ふを、 「さればこそ、この御心は底ひ知らぬこひぢにもおりたち給ひなむ」 と、互に羨むも、宮はをかしう聞かせ給ふ。

(文の現代語訳)

五月を待って咲いた橘の花の香りも、昔の人恋しいよすがと思われるが、それが秋の夕に劣らぬ風情の風に乗って匂っているのは、すばらしく情緒豊かに思われる。山ホトトギスも里に馴れて語らい、三日月が仄かに浮かんでいる。そんな折には、中納言はじっとしておられなくて、例の姫君のもとを訪いたいと思うのだが、「その甲斐がなかろう」と打ち嘆かれて、ある所の、自分に情愛を抱いている女を訪おうとは思うのだが、そちらは気が進まないのであろう。「どうしよう」と思い悩んでいるところへ、「内裏でお遊びが始まります、すぐにお出でください」と言って、藏人の少將が参上された。

「お待ちでお出でですので」などと少将が催促されるので、中納言は面倒くさく思いつつも、「車をさし寄せなさい」とおっしゃる。少将が、「ひどく気のりがしないようですが、待たせておられる方が、お恨みなさるのでしょうか」と言うので、中納言は、「こんなつまらない男を、恨みに思う人は一体誰だ」など言いかわして内裏に参上なさった。内裏では、琴・笛など取り散らして、調子まで合わせて中納言を待っておられたのだった。沈みかかった月も雲に隠れてしまったので、星の光を頼りに遊んでいらした。管弦に興味のない殿上人たちは、眠たげに欠伸などして、つまらなそうな顔をしているところがひどい。

管弦のお遊びが終って、中納言が中宮の局に立ち寄られたところ、若い女房たちが心地よさそうにうち笑い、「立派な方がお見えになりました、さあ、あのことを」などと言う。「あのこととは、何のことですか」と中納言が聞くと、「あさって、アヤメの根合わせをするのです。中納言さまはどちらの御味方をなさいますか」と言う。「アヤメ{勝負と文目をかける}も知らぬ身ですけれど、引きとって下さる方へ味方しましょう」と答えられると、「アヤメもご存じないのでしたら、左には不要でしょう、ならばこちらの御味方を」と言って、小宰相の君が中納言を無理に味方にしてしまった。中納言のほうも、そちらへ心がひかれるのか、「こんなふうに言われるときもあるのですね」と言いながら、憎からず笑いながら辞去された。その様子を見た女房たちは、「例の通りのつれないご様子がわびしいですね、こういう時には、もっと乱れて欲しいものです」と思うのだった。

一方左方の人は、「それではこちらは三位の中將を御味方につけましょう」と言って、殿上に使いを遣って呼び出し、「こういうわけで、こちらの御味方をお願いします」と申し上げたところ、「なんでもないことですよ、出来る限りのことをしましょう」と頼もしげに答えられた。それを聞いた右方の女房たちは、「さればこそ頼もしいのです。このお心では、底知れぬ恋路にも下りてゆかれることでしょう」と互に羨ましがった。それを中宮は面白そうにお聞きになっていた。

(解説と鑑賞)

この物語の本筋は、中納言のある宮の姫君への恋心を描くところ。それに、宮殿内でのあやめの根合わせの話をサブプロットとして絡ませている。その中納言は、題名では権中納言となっているが、本文では一貫して中納言と表示されている。中々の美男子ということになっており、しかも知性にも富んでいるらしいことは、帝から一目置かれていることからも伝わってくる。しかし、何故か、自分が心から愛している姫君からは、まともに相手にしてもらえない。その、貴公子の切ない恋心を描くのがこの物語の本筋の内容だ。

逢坂越えぬというのは、願いがかなって折角姫君と二人だけになれたのに、姫君に遠慮して、無理に抱こうとせずに、そのまま帰って行った中納言の中途半端さを形容した言葉である。一線を超えぬ、というような意味合いである。

この段は、中納言が姫君への思いを募らせて悶々としているところを、宮中から遊びに誘われ、管弦をもてあそんだり、根合わせへの参加を受諾するさまが描かれる。

根合わせとは、アヤメの根の見事さを、左右に別れて競う遊び。菖蒲の節句の風物詩だったようだ。その菖蒲の節句には、花橘も匂い豊かに咲く。冒頭の「五月待ちつけたる花橘の香」とは、伊勢物語にも出てくる古歌「五月待つ花橘の香を待てば昔の人の袖の香ぞする」を踏まえた言い回しだ。




  
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