日本語と日本文化


三粋人経世問答:2016参院選を語る


無覚先生:今回の参院選も、前回の2013年に引き続き与党が勝ちました。自公あわせると70議席で、改選議席総数121議席の過半数を上回った。非改選議席とあわせると146議席となり、トータルでも大きく過半数を上回ることになる。これに大阪維新の会などをあわせれば、参議院での改憲勢力が三分の二を上まわることとなり、衆議院とあわせて戦後始めて改憲勢力が国会での改憲発議権を持つ状況が生まれました。改憲を悲願としてきた安部晋三総理にとっては、千載一遇のチャンスが生まれたといってよい。そんなことから大方のメディアは、今回の参院選を改憲への大きな一里塚と位置づけているようです。今回の選挙では、一人区での野党統一候補だとか、いままでにない戦術があったりしてそれなりに動きを感じさせましたが、結果的には与党の圧勝になった。その要因をどう考えるか、その辺のところから入っていきましょう。俄然坊さんからどうぞ。

俄然坊居士:やはり多くの国民が与党の実績を評価したということでしょう。今回安倍さんはアベノミクスの効果を前面に出して、今後もその路線を進めるのか否かについて非常にわかりやすく訴えていた。それが国民の耳に響いたということではないか。なんだかんだ言っても、アベノミクスの効果は歴然と現れている。細かい議論はあるかもしれぬが、大勢では日本の実体経済の改善につながっている。雇用統計などはそのことを如実に示している。そこを多くの国民が評価したということではないか。それともうひとつ、いまのこととは裏腹になるが、民主党に対する不信がまだまだ強く残っている。その不信を民進党が受け継いでいるものだから、民進党がなかなか浮かび上がれないという構図がいまだに続いているということではないか。米英の事情を見ても、政党が一度失った信頼を回復するには、おおよそ八年前後かかっている。日本の場合にも、野党が民主党時代に失った信頼を回復するには、まだ数年かかるのではないか。

静女史:わたしも民主党に据えられたお灸がまだ燃え尽きていないんだと思うわ。それが燃え尽きるまで八年もかかるのかどうか、わたしにはわからないけれど、いつまでも燃え続けるということはないでしょう。だけどいまのところはまだ民主党というキャラクターの背中の上でくすぶり続けているということでしょうね。ただ民主党にも、お灸の熱さにもだえているだけではなく、それを耐え忍んで、逆効果につなげようという動きも現れてきましたね。野党統一候補はその象徴だと思います。今回は与党の壁が破れなかったけれど、数字で見れば、32の一人区のうち11で勝った。もしこういう動きがなかったら、野党はもっと惨めな負け方をしたと思う。こうした地道なことを積み重ねながら、少しづつ信頼を取り戻すほかないと思います。

俄然坊居士:ところで今回の野党共闘は大きな話題になったね。とくに共産党の動きが注目を集めた。共産党が自前候補を取り下げて、実質的には民進党の候補の全面応援に回ったわけだからインパクトは大きかったのではないか。だがそれは諸刃の剣とも言えるので、プラスマイナス両面があった。安倍さんなどは、民進党が共産党と組むのは野合だと言って大いに批判していたが、その批判にはかなりな効果があったと言える。共産党のほうは一定の党勢拡大につながったが、民進党は国民の共産党アレルギーを自分の一身に受けたという側面もあった。

静女史:でも安倍さんの共産党攻撃はすごかったわね。それを聞いていると、日本の政治は自民党対共産党の二大政党の対決じゃないかと錯覚させられるほどだったわ。共産党が民進党に協力しているのじゃなくて、民進党が共産党のために一肌脱いでいる、といった感じが伝わってくるんですもの。わたしなんか、聞いていて笑っちゃったわ。

俄然坊居士:でもその話を聞いていた人の多くは、実際その通りだと感じたのではないか。安倍さんが言っていたのは、共産党は自衛隊を憲法違反だと言っておきながら、災害が起きると真っ先に自衛隊に出動しろと言う。これは矛盾した対応で、自衛隊に対して失礼じゃないか。そう言って共産党を非難すると、多くの聴衆は拍手喝采していた。今回の安倍遊説の最大の特徴は反共行脚だったと言ってもよいくらいだ。その反共行脚が成功した背景には、共産党側の不首尾もある。たとえば政策担当の幹部が防衛予算を人殺しの予算だなどと馬鹿な発言をして撤回を迫られた。こんなことが共産党のイメージの低下に働き、安倍さんに付け入る隙を見せた、と言えなくもないね。

静女史:いまの日本は、共産党を攻撃することで支持が集まるという感じね。だから民進党も共産党と同じ穴の狢だと攻撃すれば、格好の野党攻撃になり、与党はてっとりばやく支持が得られるという感じになっているみたい。ところで民進党の岡田さんは、自分の地元の三重で民進党候補が負けたら責任とってやめると言ってたけど、あれはどういうつもりなんでしょうね。結果的に三重では民進党候補が勝ったけれど、そこの勝敗が党首の進退を左右するなんて、なんかマンガを見せられているみたいね。

無覚先生:ところで、今回の選挙では与党の自公が過半数を取り、改憲勢力が全体の三分の二を占めたということで、与党の圧倒的な勝利といったイメージが一人歩きしているようですが、選挙結果をよくよく分析してみると、そんなに単純なものではないことも見えてくる。まず投票率だが、今回は54.7パーセントという数字です。これは前回の52パーセントよりはましだが、それでも史上四番目に低い数字だというから、国民の政治への無関心ぶりはいっこうに直っていないともいえる。ということは、圧倒的多数の国民によって信託されたなどと大きなことを与党も言えない状況にあるわけです。自民党が獲得した投票数についても、細かい数字がまだ出ていないのではっきりとはわからないが、絶対的な投票数はせいぜい20パーセント程度ではないか。そんな程度の数字で、国民から政策について白紙委任されたなどと威張れる筋合いでもない。しかも自民党は、前回(2013)のときよりも議席を減らしている。27年ぶりに目指した単独過半数も取れなかった。つまり上げ潮の状態で前進したわけではなく、過去の貯金を食う形で改憲勢力三分の二という状況が作り出されたに過ぎない、ともいえます。こういうわけで自民党の権力基盤は、マスコミが言うほど磐石だとは言えないのではないか。

俄然坊居士:いきさつはどうあれ、獲得した議席の重みには変りありません。与党が全体の過半数を取り、改憲勢力全体では三分の二を超えたわけだから、安倍さんには非常に貴重な政治的資源となることには違いない。今後原発推進やTPPなど個々の政策の推進と並んで、安倍さんが悲願にしてきた憲法改正のチャンスでもある。この機会を逃したら、再びいまのような有利な状況が訪れることは期待できないのではないか。だから安倍さんは、憲法改正を真剣になって手がけたほうがよいと思う。なにしろ戦後70年も経つのに、憲法が政治の枠組みとして超党派的に受容されていないというのは異常な事態というべきで、日本以外の先進国ではありえないことだ。だから超党派で受容できるような憲法を、日本人自身の手で作るということは、未来に向けてのもっとも重要な政治課題と言ってよい。安倍さんはその課題を実現する為の条件を与えられたわけだから、それを活用しない手はない。

静女史:俄然坊さんの言っていることは、一理あるように見えて詭弁だと思うわ。わたしだって日本の憲法を永遠に変えないほうがよいなどと言わないけど、変えるにはそれ相当の理由があって、その理由に応じた理念というべきものがあるべきだわ。ところが安倍さんの場合は、憲法を変えるべき理由があやふやだし、改正の中身やその理念についても明確じゃない。今の憲法はアメリカに押し付けられたみっともない憲法だから、日本人自身の手で見栄えのする憲法を作りたいという、ただそれだけのことでしょ。なんだか子どものダダを聞いているようで、大人の議論じゃないと思うわ。

無覚先生:たしかに安倍さんには憲法改正ありきというところがあるよね。とにかく憲法を改正したいけど、どこをどのように変えるのかはこれから皆さんで議論しましょう、と言っている。もっともこれは安倍さん一流のマヌーバーかもしれない。彼には彼なりの憲法像があるのでしょう。

俄然坊居士:少なくとも今の時点で言えることは、安倍さんは、自民党草案にあるような形のものをワンセットで提案して、憲法全体を一気に書き換えるというようなことは考えていないということです。自分からはあからさまには言わないけれど、周囲を含めてさまざまな状況から推測すると、まず非常事態条項の導入から始めて、伝統的な価値観にもとづいた国の形の提案とか、比較的対立点の少ないところを徐々にこなして、国民の憲法改正アレルギーが弱まったところで全面改正か、あるいは悲願の9条改正を目指そうということではないか。

静女史:非常事態条項のことは、わたしも聞いたことがあるけど、見方によっては9条問題よりも大変な内容をはらんでいるんじゃないかしら。この条項は、内閣総理大臣に非常事態宣言の権限を与え、そのあとは国民の権利を制限したり、戦争や内乱への対応を決定する権限を総理大臣に付与しようというのでしょう。これは独裁制を合憲的に導こうというもので、わたしはとても危険なことだと思うわ。こんな条項がもし制定されたら、安倍さんのような人が独裁者となって、気に入らない国民を弾圧する一方、徴兵制を敷いて軍隊を強化し、たとえば中国を相手に大げさな戦争を始めるかもしれない。共産党はともかく、いまは与党の公明党でも、おまえは気に入らないからといって非合法化されるかもしれない。とにかく、安倍さんのような人に、独裁の権限を付与しようというものには、わたしは背筋が寒くなるような思いがするわ。

俄然坊居士:静さん、それは考え過ぎというものだよ。なにも安倍さんをそんなに恐れることはない。彼は彼なりに愛国者として日本の未来を憂えているのであって、自分の個人的な権勢欲を満足させるために政治家をやってるわけではないだろうからね。

静女史:ほんとにそうかしら。そうならいいんでしょうけれどね。

無覚先生:安倍さんは選挙期間中、アベノミクスの強化を専ら訴えていたわけで、選挙後は当然経済政策の推進に一定の重点を置くようになると思います。そこで、日頃ブログを通じて日本や世界の経済情勢を分析しておられる壺齋さんにお聞きしたい。我々三人は経済にはちょっと疎いのでね。アベノミクスの行方はどうなりますかね。

壺齋散人:いつも申しあげているとおり、私は書記の立場ですので、細かい議論に介入する気は全くないのですが、お尋ねですので、その範囲で簡単にお答えします。アベノミクスのいわゆる三本の矢のうち第三の矢といわれる構造改革がもっとも重要なわけですが、アベノミクスにはその視点が構造的に欠けています。構造改革というからには、日本経済のおかれた状況を踏まえて、抜本的な改革をする必要がある。それはどういうことかというと、人口減少とそれに伴う市場の縮小を踏まえた改革ということです。ところがアベノミクスにはそういう視点がない。アベノミクスは今後も右肩上がりの経済を無条件の前提にしているが、それがどんなに非現実的なことかは、そんなに頭を使わなくともわかることです。ところが安倍政権にはそこのところがわからない。経済は右肩上がりだということをいまだに信じきっている。だからパイの拡大だとかトリクルダウンだとか、ナンセンスなことばかり言っている。そんなわけだから彼らにはまともな経済政策はできないでしょう。精々金融ファイナンスで財政出動するとか、金融緩和を更に推進するとかいった場違いな政策をとるのが関の山だと思われます。金融緩和にも既に限界が見えているので、それを更にやるとすれば、とんでもないことをしでかさないともかぎりません。国内向けにいくら金をばら撒いても景気も拡大せず物価も上がらないとすれば、金を世界中にばら撒けばよい。ただ同然で円を世界にばら撒けば、その効果が歴然とあらわれるに決まっている。円の価値は下落し、国内的にはインフレが、対外的には実質的な負債の増加が、驚異的なスケールで進むでしょう。これは究極の売国政策というべきものですが、安倍政権ならやりかねない。そんな怖さがあります。

俄然坊居士:いやあ、そんなに脅かさんでくださいよ。こう見えても心臓は弱いほうなんだから。

静女史:心臓が弱いんではなく、頭が弱いんでしょ。少なくとも経済問題に関しては。

無覚先生:おやおや、手厳しい言い方ですね。ともあれ、いつもは頑丈な印象の俄然坊さんの心臓が悲鳴をあげたところで、今日の問答は打ち止めとしましょう。




  
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