日本語と日本文化

俳人蕪村:子規の蕪村評価


「俳人蕪村」は子規が蕪村の俳句を取り上げ、その句風を詳細に分析したものである。蕪村の俳句史における位置づけは、子規のこの著作によってゆるぎないものになったといえるほど、蕪村研究の上で画期的な業績であった。

俳句は元禄時代に芭蕉一派の活躍による興隆をみたあと、しばらく月並みな時期が続き、天明期にいたって次の隆盛期を迎えた。蕪村は天明3年に死んでいるから、時代的にはそれ以前の人であるが、句風からして天明期の俳句に大きな影響を及ぼしており、その隆盛を用意した人物と目されてよい。

ところが子規の時代まで、蕪村といえば画家としてのほうが有名であり、彼の俳句は漢語を多用した風変わりな作品だとして、必ずしも高く評価されていなかった。子規はそんな蕪村の句風を新しい観点からとりあげることによって、芭蕉と並び立つべき偉大な俳人として位置づけなおしたのである。

この著作はボリュームの上ではそう大部ではないが、子規の蕪村評価の視点は多岐にわたっている。前半では芭蕉と対比させながらその工夫を大局的にとらえ、後半では俳句作りのテクニックの特徴を細かく論じている。

子規が蕪村の句風を特徴付けるものとして採用した言葉は、積極的美、客観的美、人事的美、理想的美、複雑的美、精細的美といったものである。子規はこれらの概念のひとつひとつについて取り上げながら、芭蕉との対比において、蕪村の句の長所をあぶりだしている。

まず積極的美とは何か。子規はそれを、意匠の壮大、雄渾、艶麗、活発なるものをいうとする。それに対して消極的美とは、古雅、幽玄、沈静、平易なものをいう。芭蕉がいうところの寂とかわびといものは消極的美の典型である。これに対して蕪村の句は積極的美を表している。

四季の風物を詠むについても、春夏は積極的美につながり、秋冬は消極的美につながる。芭蕉が秋冬を多く詠んだに対し、蕪村は春夏を多く詠んだ。この点でも蕪村が積極的であったことが伺われる。

子規はまずこういって、蕪村の句風の芭蕉との違いを巨視的に捉えるのである。

客観的美とは、風物をありのままに描き出すことから生まれる。これに対して主観的美とは、作者の主観が前面に出たもので、読者は作者の主観を通じて対象の美を味わう。

蕪村の句には、対象を客観的に歌ったものが多い。それは蕪村が画家であったことと無縁ではない。蕪村の句にはそのまま絵画を連想させるような視覚的イメージに富んだものが多いのである。それに対して芭蕉も客観的な美を感じさせるものを作ったが、蕪村ほどは客観的ではなかった。

人事的美とは花鳥風月を詠むのとは異なり、人の営みを詠むものである。したがって句はおのずから複雑なものになる。蕪村は複雑な人事を語ってしかも冗長に陥らず、しまりのある俳句を作った。これに対して芭蕉の句は天然の美を詠んだものが多い。

子規はついで蕪村の理想を重んじる点やその結果短い文字のなかに複雑な事象を歌いこむ点について分析する。芭蕉の句はどれをとってもわかりやすく、したがって簡単なものが多いのに対して、蕪村の句は全体的に複雑だというのである。

複雑はまた精細に通じる。精細の妙は印象を明瞭ならしむる点にあるが、蕪村の句にはこのようなものが多い。これも彼が画家だったことと無縁ではないだろう。たとえば次のような句を読むと、微細な情景が如実に伝わってくるという。

  鶯の鳴くや小さき口あけて
  痩せ脛の毛に微風あり衣がへ

子規はついで、蕪村の採用した用語、句法、句調、文法、材料について考察を進める。

用語については、蕪村が漢語を多用したことはよく知られている。有名な句としては

  五月雨や大河を前に家二軒
  絶頂の城たのもしき若葉かな

これらは和語でも表現できないわけではないが、蕪村が敢て漢語を使うのは、句の勢いを強めるためである。ただに単語にとどまらず、漢語的表現をも意図的に取り入れている。たとえば次のような句である。

  行き行きてここに行き行く夏野かな

句法や句調についても蕪村は意識的に斬新な用法をとりいれた。字余りにもあまりこだわらず、句の勢いを大事にしたのである。

子規はそれぞれの項目について、蕪村の句を多く引用して、自分のいっていることを読者がよく理解できるよう工夫している。単なる評釈にとどまらず、書物全体が蕪村の俳句を鑑賞する場にもなっていて、楽しい読み物ともなっている。

ところで子規自身は、自分の俳句作りに蕪村をどのように生かしたか。これについては、なかなか難しい部分がある。子規の俳句が蕪村の特徴を咀嚼、それを生かして取り入れているとは、必ずしもいえないからだ。

あえていえば、子規の心掛けた写生の態度が、蕪村の客観的美や精細の美にどこかでつながっているといえることだろうか。


    


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