日本語と日本文化


はいずみ(一):堤中納言物語


下わたりに、品賤しからぬ人の、事も叶はぬ人をにくからず思ひて、年ごろ經るほどに、親しき人の許へ往き通ひけるほどに、むすめを思ひかけて、みそかに通ひありきにけり。珍しければにや、初めの人よりは志深く覺えて、人目もつゝまず通ひければ、親聞きつけて、 「年ごろの人をもち給へれども、いかゞせむ」 とて許して住ます。

もとの人聞きつけて、 「今はかぎりなめり。通はせてなどもよもあらせじ」 と思ひわたる。「往くべきところもがな。つらくなり果てぬ前に離れなむ」と思ふ。されど、さるべき所もなし。

今の人の親などは、おし立ちて言ふやう、 「妻などもなき人の切に言ひしに婚あはすべきものを、かく本意にもあらでおはしそめてしこそ口惜しけれど、いふかひなければ、かくてあらせ奉るを、世の人々は、妻すゑ給へる人を。思ふと、さいふとも、家にすゑたる人こそ、やごとなく思ふにはあらめ、などいふもやすからず。實にさる事に侍る」 と言ひければ、男、 「人數にこそはべらねど、志ばかりは勝る人侍らじと思ふ。彼處には渡し奉らぬを、おろかに思さば、只今も渡し奉らむ、いと異樣になむ侍る」 といへば、親、 「さらにあらせたまへ。」 と押し立ちていへば、男、「あはれ、かれもいづち遣らまし。」と覺えて、心の中悲しけれども、今のはやごとなければ、かく、など言ひて、氣色も見むと思ひて、もとの人のがりいぬ。

(文の現代語訳)

下京辺に、身分の卑しくない男がいて、貧しい女をかわいく思い、長年妻としていたが、親しい人のもとへ行き来しているうちに、その娘に思いをかけて、ひそかに通うようになった。新しい女が新鮮だったのか、元の妻より愛情深く覚えて、人目をはばからず通うようになったので、その親が聞きつけて、「年頃連れ添った妻がいらっしゃるが、仕方あるまい」とて、その仲を認めて、男を住まわせたのだった。

元の妻がこれを聞きつけて、「今や分かれ目なのだろう、女の親もいつまで通わせておかず、女を引き取らせようとするだろう」と思い続ける。「どこか行くところがあればよいのだが、つらくなる前に別れよう」と思う。しかし、行くべきところがない。

新しい女の親たちが強引に言うには、「妻を持たず、熱心に求婚した人にめあわすべきところを、このように思いかけず通ってこられたのは残念なことでしたが、仕方がないので通わせてあげています。でも、世間では、『妻を持っている人なんて。そういう人が愛すると言っても、家にいる妻のほうをこそ、大事に思うに違いない』と言います。そう言われると、心安からず思いますが、実際そのとおりだと思うのです」。そういわれて男は、「私は物の数にも入らぬつまらぬ男ですが、娘さんを思う気持ちは人一倍です。私の家に娘さんを迎えぬことを、不誠実だとお思いになるのでしたら、すぐにでもお迎えしましょう。そう言われるのは、心外です」と返すのだったが、親はさらに、「ぜひそうなさってください」と強引に言う。男は、「ああ、あの妻をどこにやったらいいか」と思われて、悲しかったが、新しい女が大事なので、元の妻には、これこれと事情を話し、どう反応するか見てみようと思って、元の妻のところに行ったのだった。

(解説と鑑賞)

堤中納言物語に収められた十篇の物語は、話者による語りと短編小説のような体裁の説話とに類別されるが、「はいずみ」は説話系列の代表的なものである。この物語は、二人妻説話とか歌徳説話と呼ばれる類型の一つで、妻のほかに新しく女ができた夫が、いったんは妻を見捨てるが、妻の歌った歌を聴いて、妻が改めていとおしくなり、新しい女を捨ててもとの妻のもとに戻ると言う内容のものである。ほかに伊勢物語二十三段の「筒いつの」や大和物語百五十七段等が有名である。

これらの説話のポイントは、元の妻が夫のほか便りにするものがいない薄幸の女であること、しかしながら一定の教養を備えていること、一方、新しい女は、あまり教養がなく、親の力をたのんでわがままである点だ。そこで男は、いったんは元の妻を捨てるのだが、妻の教養ある身のこなしと歌の魅力を改めて気づかされる一方、新しい女の無教養ではしたない振る舞いに嫌気がさすというような展開になっている。「筒いつの」の場合には、新しい女が自分の手で飯を持って食う姿を見て幻滅すると言うことになっており、「はいずみ」の場合には、おしろいと思って灰の墨を顔に塗りたくって、男を幻滅させるという形になっている。

なお、伊勢物語との最大の違いは、女たちの境涯である。伊勢物語の場合には、男は二人の女のもとに、それぞれ通うと言う形になっているのに対して、ここでは、男は妻を自分の家においている。つまり、伊勢物語では、通い婚の風習が背景にあるのに、この物語では、嫁入り婚が描かれている。新しい女は、妻としての座を確立するために、是が非でも夫の家に正妻として収まらねばならないというふうに描かれている。それ故、元の妻は居場所を失って、家を追い出される羽目になる。伊勢物語の世界では、このようなことは起こりようがなかった。

冒頭の部分は、男に新しい女ができたのを元の妻が気づき、自分の身の末を心配する一方、新しい女の両親が、娘を正妻として家に迎え入れるよう、男にせまるところが描かれる。




  
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