日本語と日本文化


かひあはせ(二):堤中納言物語


「何事ならむ」と、心苦しと見れば、十ばかりなる男の、朽葉の狩衣二藍の指貫、しどけなく著たる、同じやうなる童に、硯の箱よりは見劣りなる紫檀の箱のいとをかしげなるに、えならぬ貝どもを入れて持て寄る。見するまゝに、 「思ひ寄らぬ隈なくこそ。承香殿の御方などに參り聞えさせつれば、これをぞ覓め得て侍りつれど。侍從の君の語り侍りつるは、大輔の君は、藤壺の御方より、いみじく多く賜はりにけり。すべて殘る隈なくいみじげなるを、いかにせさせ給はむずらむと、道のまゝも思ひまうで來つる」 とて、顔もつと赤くなりて言ひ居たるに、いとゞ姫君も心細くなりて、 「なかなかなる事を言ひ始めてけるかな。いと斯くは思はざりしを。ことごとしくこそ覓め給ひぬれ」 と宣ふに、

「などか覓め給ふまじき。上は、内大臣殿のうへの御許までぞ、請ひ奉り給ふとこそは言ひしか。これにつけても、母のおはせましかば、あはれ、かくは」 とて、涙も墜しつべき氣色ども、をかしと見る程に、このありつる童、 「東の御方渡らせ給ふ。それ隱させ給へ」 と言へば、塗り籠めたるところに、皆取り置きつれば、つれなくて居たるに、初めの君よりは、少しおとなびてやと見ゆる人、山吹紅梅薄朽葉、あはひよからず著くだみて、髪いと美しげにて、長に少し足らぬなるべし。こよなく後れたりと見ゆ。

「若君の持ておはしつらむは、など見えぬ。かねて覓めなどはすまじと、たゆめたまふにすかされ奉りて、萬はつゆこそ覓め侍らずなりにけれど、いと悔しく、少しさりぬべからむものは、分け取らせ給へ」 など言ふさま、いみじうしたり顔なるに、にくくなりて、「いかで此方を勝たせてしがな」と、そゞろに思ひなりぬ。

この君、 「こゝにも外までは覓め侍らぬものを。我が君は何をかは」 と答へて、居たるさま、うつくしう、うち見まはして渡りぬ。このありつるやうなる童、三四人ばかりつれて、 「我が母の常に讀みたまひし觀音經、わが御前負けさせ奉り給ふな」 と、唯この居たる戸のもとにしも向きて、念じあへる顔をかしけれど、「ありつる童や言ひ出でむ」と思ひ居たるに、立ち走りてあなたに往ぬ。

(文の現代語訳)

「何ごとだろうか」と、気の毒そうに見ていると、十歳ほどの男の子が、朽葉色の狩衣、二藍の指貫をしどけなく着て、同じ年頃の童に、硯の箱より小さめな紫檀の見事な箱に、すばらしい貝を入れて持ってこさせた。それを姫君に見せながら、「心当たりのところはくまなく探しました。承香殿の御方にお願いしましたところ、これを探して持ってきてくれました。侍從の君が言いますには、大輔の君は藤壺の御方よりたいそう沢山いただいたそうです。あちらは残るくまなくすばらしいものばかりなのに、こちらはどうされようとするのか、道々心配しながらきました」と、顔を急に赤らめながら言った。姫君はたいへん心細くなって、「なまじ言わなければよかったことを言ってしまいました。こんなふうになるとは思いませんでした。あちらはよくまあ探し出したものですね」と言う。

「どうして探さないことがありましょう。あちらは、内大臣の北の方にまで、お願いしたということです。それにつけても、母上が御存命だったら、こんなことには」と、男の子は涙を落さんばかりの様子。その様子を少将が見ていると、例の女の童が、「あちらの東のお方がいらっしゃいます。それを隠したまえ」というので、塗籠にそれを隠して、知らんふりをしていると、ここの姫君よりも少し年上と見える人が、山吹、紅梅、薄朽葉色などの衣装をだらしなく着て現れた。髪はたいそう美しいが背丈にすこし足らないようで、ここの姫君よりは器量が劣って見えた。

「弟君が持ってらした貝は、どうして見えないのですか。かねて他を探そうとはしないとおっしゃるので、その言葉に油断して、わたしの方では一向に探そうとはしませんでしたけれど、それが悔しくてなりません。多少ましな貝がありましたら、わたしに分けてください」とその人の言う様子が、たいそうしたり顔に見えるので、少将は憎らしくなり、「どうかしてこちらの姫君を勝たせたいものだ」と思うのだった。

こちらの姫君は、「こちらでも外までは探しておりませんの。弟は何も持ってきませんでしたよ」と答えて、座っていたが、その様子が美しい。あちらの姫君は、まわりを眺め渡して帰って行ったのだった。そこへ、例の女の童が、三四人ばかり連れて、「我が母が常に読んでいらした観音経、我が姫君が負けないように計らってくだされ」と、少将の潜んでいる戸の方へ向いて念じあっている様子がかわいらしいのだが、その童が自分のことを言いだしはしないかと心配しているうちに、その童はあっちの方へ立ち去ってしまった。

(解説と鑑賞)

少将が物陰に隠れて見守っていると、この姫君のほうが相手の姫君よりも分が悪いことが伝わって来る。相手の姫君は、権勢に任せて色々の方面に働きかけ、立派な貝を集めているのに、こちらの姫君のために貝を集めるのは、まだ幼い弟君だけ。その弟君が、姫君のところに貝を持って現れると、そこへ相手の姫君がやってくる。こちらの子たちは、その貝を隠して、何食わぬ顔で相手の姫君を迎えるが、相手の姫君は勝ち誇った様子で、高慢な態度をとって帰って行った。

そこへあの童がやってきて、姫君のために観音様のお経を読む。観音様は、か弱い者の味方なのだ。




  
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