日本語と日本文化


ほどほどの懸想(一):堤中納言物語


祭のころは、なべて今めかしう見ゆるにやあらむ、あやしき小家の半蔀も、葵などかざして心地よげなり。童の、袙・袴清げに著て、さまざまの物忌ども附け、化粧じて、我も劣らじと挑みたる氣色どもにて、行き違ふはをかしく見ゆるを、況してその際の小舍人・隨身などは、殊に思ひ咎むるも道理なり。

とりどりに思ひわけつゝ、物言ひ戲るゝも何ばかり。はかばかしき事ならじかしと、數多見ゆる中に、何處のにかあらむ、薄色著たる、髪は丈ばかりある、頭づき容態などもいとをかしげなるを、頭の中將の御小舍人童、思ふさまなりと見て、いみじくなりたる梅の枝に、葵をかざして取らすとて、
  梅が香に深くぞたのむおしなべてかざす葵の根も見てしがな
と云へば、
  しめのうちの葵にかゝるゆふかづらくれどねがたきものと知らなむ
と押放いていらふもざれたり。 「あな、聞きにくや」 とて、笏して走り打ちたれば、 「そよ、そのなげきの森のもどかしければぞかし」 など、ほどほどにつけては、互に「痛し」など思ふべかめり。その後、常に行き逢ひつゝも語らふ。

如何になりにけむ、亡せ給ひにし式部卿の宮の姫君の中になむ候ひける。宮など疾く薨れ給ひにしかば、心細く思ひ歎きつゝ、下わたりに人少なにて過し給ふ。上は、宮の失せ給ひける折、樣變へ給ひにけり。姫君の御容貌、例の事と言ひながら、なべてならずねびまさり給へば、「如何にせまし。内裏などに思し定めたりしを、今はかひなく」など思し歎くべし。

(文の現代語訳)

賀茂の祭のころは、なにもかも派手に見えるのだろうか、みすぼらしい小家の半蔀まで、葵の飾りをつけたりして気持ちよさそうである。女の童たちが、袙・袴を綺麗に身に着け、お化粧をし、誰にもまけるものかと気取りながら行きかうさまはなかなかの眺めだ。まして、同じような身分の小舍人や隨身などが、彼女らに気を引かれるのはもっともなことである。

とりどりに気に入った相手を選んでは、言葉を交わして戯れ合うのもなにほどのことか、話がうまく進まないだろうと思われるカップルが沢山いるなかで、どこに仕えている女の童だろうか、薄色の着物を着て、髪が背丈ほどもあり、顔つきも姿かたちもたいそう可愛い様子の者に、頭の中將の御小舍人という童が、自分の好みだと思って、ふっくらと実の成った梅の枝に、葵を飾りにつけて贈ると言って、
  梅の香りに深くことよせて願っています、あなたと葵の根っこのように結ばれて寝ることができることを
このような歌を読んだところ、
  葵に巻きつくユウカズラのように、くねくねとねじれていますので、そう簡単に寝るわけにはまいりません
とあけっぴろげに返事をよこしたのであった。「おお、なんということよ」といって、童が笏を以て追い掛け女の童の尻を打つと、女の童は、「ほら、そななたの仕打ちが心憎いのよ」などといって、ほどほどにつけて、互いにいい感じだと思いあっているようなのだった。その後二人は、常に逢っては語り合うのであった。

この女の童は、どうしたわけからか、お亡くなりになった式部卿の宮の姫君にお仕えしていた。姫君は、父宮が早くお亡くなりになったので、心細く思い嘆きつつ、下京辺に住んでいらした。母君は、父宮がお亡くなりになった時に髪を下ろして尼になっていらした。姫君は、容貌のすぐれているのは当然のこととして、ひときわ美しく成長されたので、母君は「どうしたらよいか、姫の父君は成長の後は、内裏へお仕えするようにと考えていらしたが、今はそのかいもなく」などと思い嘆いておられるようである。

(解説と鑑賞)

「ほどほどの懸想」は、男が女に言い寄る過程を、ほどほどに面白おかしく描いたものである。この時代は、まだ通い婚の時代であったので、男と女の関係は、男からのモーションをきっかけにして始まった。そのモーションに対して、女があまり早く反応すると安っぽく思われるし、かといって反応が鈍いと、折角の男に逃げられてしまう。そこには男女の間で、ある種壮絶なやりとりがかわされるわけである。この物語は、そのやり取りを、やや冷めた視点から描いている。

ここに出てくる男たちは、貴族である主人の君と、そこに仕える家来格の男、そして末端の走り使いたる童である。彼らが相手にする女は、それぞれの身分に相応しい相手、つまり主人の君は宮の遺児たる姫君、家来の男には姫君に仕える女房格の女、そして童には姫君の邸に仕える末端の女の童といった具合である。

面白いのは、最初に童が女の童と出会ったことがきっかけになって、その上役の男が童に自分の恋の手引きをさせ、その上役を通じて、主人の君が姫君と逢瀬を持つようになるということだ。主人の家と姫君の家が対応して、それぞれの家のメンバーたちが、身分の相違に応じて、相応しい相手と結ばれるというようなことになっている。

この段は、童が賀茂の祭に出かけて女の童と出会い、ねんごろになってゆく過程を描いている。そしてその女の童が仕えている邸の主人が、高貴な宮の身分だということが明かされる。この姫君は、身分は高貴だが、経済が不如意で、いまはおちぶれた暮しをしていることになっている。




  
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