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梅原猛の中国浄土論


梅原猛は中国浄土論を「仏教のニヒリズムとロマンティシズム」という表題で論じている。ニヒリズムとは浄土教のもつ現世否定の傾向をさし、ロマンティシズムとは浄土への憧れとしてのユートピア思想をさしているようだ。そしてニヒリズムを鳩摩羅什によって代表させ、ロマンティシズムを善導によって代表させている。梅原は中国の浄土宗を、鳩摩羅什によって始められ、善導によって完成されたというふうに整理しているのである。その中国の浄土教が日本に伝わって日本風の浄土宗が生まれたわけだが、梅原は日本の浄土宗についてはあまり触れることはない。

塚本善隆も鳩摩羅什を浄土思想の先駆者に加えているが、それはあくまでもインド仏教の流れの中であった。梅原はそうではなく、鳩摩羅什を中国の浄土教の創設者のようなものと捉えている。浄土教の思想はインド仏教にもなかったわけではないが、それはあくまでも萌芽の形で経典に含まれていただけで、浄土教という形で表面化することはなかった。浄土教が独立した宗教教義として表面化したのは中国においてであり、鳩摩羅什はそれに大きくかかわった。だから鳩摩羅什はインド仏教の指導者というより、中国仏教の創設者と捉えたほうが正確だということだろう。じっさい鳩摩羅什はシルクロードの亀茲国の出身であり、亀茲は中国の一部と考えたほうがよいのである。

仏教のニヒリズムを鳩摩羅什によって代表させ、そのニヒリズムを現世否定の思想と言ったが、これは誤解を生みやすいかもしれない。たしかに鳩摩羅什にはニヒリズムの傾向が強いが、それは現世を全面的に否定するものではなく、現世における価値の基準を相対化するといった体裁のものだ。人は道徳的な価値にこだわると、とかくこの世を否定的に見るものだが、鳩摩羅什の場合にはかえって肯定的に見ている。それはかれが煩悩を積極的に評価し、煩悩のうちにさとりを求める態度に現れている。鳩摩羅什は十人の美女を身辺にしたがえ、快楽的な生活を送ったといわれ、とかく不道徳な生き方が批判されるのだが、それは煩悩を積極的に受け入れ、煩悩のうちにさとりを求めるという姿勢の現われである。だからかれのニヒリズムは、現世否定としての快楽の否定ではない。快楽を肯定したうえで、現世を超脱してさとりを求めることを意味する。そうした意味では、ニーチェのニヒリズムに通じるところがある。ニーチェのニヒリズムも、現世にノーをつきつけながら、超人による新たな創造を期待するという体裁のものである。

鳩摩羅什といえば、般若経、維摩経、法華経といった大乗経典の中国語への翻訳者として知られ、また竜樹の注釈者でもあることから、中国の大乗仏教の基礎を築いた偉人というイメージが強く、その大乗仏教が万人の救済を目的としていることからして、ニヒリズムとは無縁だと考えられるところである。そこをあえて、鳩摩羅什をニヒリズムの思想家として位置づけるのは、梅原一流のやり方といえなくもない。

仏教のロマンティシズムが善導によって代表されるといったが、そのロマンティシズムとは、浄土への憧れを内実とする。その浄土への憧れを仏教教義の中心に据えたのは曇鸞である。鳩摩羅什にも浄土思想の萌芽はあるが、それは涅槃と異なるものではなく、涅槃とはさとりの境地の異称であることから、かなり抽象性の高い概念であった。それを具体的なイメージにしてあらわしたのが曇鸞だった。抽象的な概念であった涅槃が具象的なイメージとしての浄土に変化したわけである。その浄土の概念が、道綽を経て善導に伝わると、一層具体的な性格を強めたばかりか、詩的なイメージで彩られるようになった。そうした詩的で具象的なイメージは民衆の心に訴えかける力が強いものである。だから善導は、浄土教の偉大な伝道者になることができた。曇鸞と道綽があくまでも思想家なのに対して、善導は宗教の伝道者ということができる。

善導の浄土へのあこがれは、次のようなエピソードに現れている。かれは浄土を願うあまり、柳の木から飛び降りて死んだと伝えられているが、それは一刻も早く浄土に生まれ変わりたいという念願によるものだった。この世に長く生きる意味はないのである。そうした極端なところが善導には見られる。かれは師匠の道綽とともに末法思想を共有していたが、その末法思想を詩的な表現で言い表した。その詩的な表現が民衆を捉えたのである。そんな善導の生き方を梅原は、「思想であるより、むしろ情感であり、哲学であるより、むしろ詩である」と言っているが、宗教とは本来そうしたものであろう。仏教にはもともと哲学的で思想的な性格が強く、宗教というより世界観といったほうが相応しいところがあるのだが、そうした仏教のあり方を宗教本来のあり方に変えたのが善導だったといえなくもない。

浄土信仰の中核は阿弥陀信仰である。阿弥陀信仰には、鈴木大拙が強調するとおり、一神教的なところがある。完全な一神教ではないが、人格神としての阿弥陀を信仰するところは、キリスト経やイスラム教と似ていなくもない。仏教本来の信仰の形は、法身という抽象的なものを信仰することであったが、浄土教はその法身を、阿弥陀という具象的なイメージに転化させたことで、よりリアルなものにしたと言えるのではないか。そういう点では、数ある仏教宗派の中でもっとも宗教的な色彩の強い教派といえよう。



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