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大川周明「復興亜細亜の諸問題」を読む


大川周明といえば、大アジア主義を唱導し、欧米の侵略に対抗してアジア諸国が一致団結して立ち向かい、日本はその先頭に立って、アジア諸国解放に尽力すべきと主張した、と見なされる。こういう主張はいまも、靖国神社を中心とした日本の民族主義者たちによって唱えられているが、大川はそれを、理論的に洗練した形で提起した思想家ということができる。「復興亜細亜の諸問題」は、そんな大川周明の主著というべきものだ。

「復興亜細亜」というのは、復興しつつあるアジアという意味である。中国やイスラム圏など、アジア諸国はかつては高い文明を誇っていたが、近代以降西洋列強によって侵略され、国力が著しく衰えた。しかしいまや、一致団結して西洋の侵略に立ち向かうべき態勢を整えつつある。そういう事態を称して「復興」と称し、復興しつつあるアジアを「復興亜細亜」と大川周明は呼んでいるわけである。

大川周明の大アジア主義は、二つの柱からなっている。一つは、アジアの欧米からの解放であり、もう一つは、日本がその解放のための闘いのリーダーになるべきだということである。この二つの柱のうち、「復興亜細亜の諸問題」は、アジアの欧米からの解放ということに焦点をあて、それについての日本のリーダーとしての役割については、表立って触れてはいない。一読しての印象は、あくまでも西洋列強のくびきからのアジアの解放ということであり、それを勝ち取るためにはアジア諸国が団結せねばならないということである。

アジア諸国として大川が取り上げるのは、インド(パキスタンを当然含む)、東南アジア、アフガン、ペルシャ、トルコの国々である。トルコは、中東地域全体の主権国であったから、要するに中国を除いたアジア全体をカバーしている。中国は、大川にとっては、あまり問題とはならなかったようだ。少なくとも、大川の提示しているアジアの概念は、中国を考慮に入れていない。

ともあれ、大川周明は、西洋列強によるアジア諸国の侵略の歴史をことこまかく描写し、その不当性を糾弾し、それとの闘いを通じて、アジア諸国が真に独立することを勧めている。そのためには、アジア諸国同士が一致団結し、西欧列強に立ち向かわねばならないと言っているわけで、日本が果たすべき役割について、露骨に主張しているわけではない。

西洋列強によるアジア諸国侵略の歴史を、大川周明は国ごとに詳細に跡付けている。侵略国の先頭にはイギリスがあり、それにロシアとドイツが利権争いに加わったと見ている。フランスもアジア侵略に熱心だったが、イギリスとうまく共存したので、英仏対立は激化せず、英露、英独の対立が中心をなした。イギリスの最大の関心事はインドの利権であって、イギリスの対外政策はインドの防衛を基軸にしていたというのが大川周明の見立てである。そのイギリスのインド利権にまずロシアが挑戦した。ロシアはアフガンなどインドの北側から南下する形で迫ってきた。それに対してイギリスは、ロシアの南下を妨げる一方で、地中海とインドを結ぶ交通路を確保することに専念した。スエズ運河の利権や、中東への進出はそうした背景からなされたものである。そのイギリスに、ドイツが新たな競争相手として挑戦するようになった。ドイツはトルコを手なずけ、バグダッド鉄道の建設を通じて、中東での利権獲得をねらう一方、インドへの脅威となった。そうした動きが第一次世界大戦をもたらした、と大川周明は見ている。

第一次世界大戦は、西洋列強とアジア諸国との関係に大きな影響を及ぼした。西洋諸国が互いにつぶしあっている間に、アジア諸国には独立への機運が高まったのである。ロシア革命が成功し、労農政府(ボリシェビキ)が民族自決の方針をとったことも、アジア諸国の独立の機運を高めた。大川周明は、共産主義を容認しているわけではないが、ソ連が西洋列強のアジア侵略を牽制するかぎりにおいて、その意義を高く評価しているのである。

大川周明の面白いところは、西洋列強を利己的な侵略者ととらえ、そこからの解放をめざすアジア諸国を叱咤激励していることであり、しかもアジアの味方、西欧列強の不倶戴天の敵として振る舞っていることである。大川周明のそうした姿勢は、この著作からも十分に伝わってくる。そうした反西欧的な姿勢は、欧米諸国のリーダーには許しがたく映ったのだろう。一介の民間人にすぎない大川周明が、A級戦犯の容疑で東京裁判に引き出されたのは、大川の過激な反欧米主義を、連合国側が深刻に恐れたためだと思われる。要するに買いかぶられていたのである。精神障害を理由に連合国側が大川周明を無罪放免にしたのは、大川の影響がそれほど大きくないということを確認したことの結果だったと思われる。

大川周明は、この著作のなかで、イスラムの潜勢力に大きな注目を払っている。イスラムは、分裂していることを西欧列強につけいれられて植民地扱いされているが、イスラム教の精神にもとづいて一致妥結すれば、十分西洋列強に対決できるだけの力をもっている。そういうふうに考えていたように思われる。


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