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関岡英之「大川周明の大アジア主義」を読む


最近、日本の右翼に関する本をぼちぼち読んでいるところ、大川周明の大アジア主義に大いに関心をひかれた。そこでそのものすばりの題名を持つこの本を読んだ次第だが、実にがっかりさせられた。がっかりというより、ひどい本もあったという、あきれた気分といったほうがよい。この本は、「大川周明の大アジア主義」という題名を掲げているにかかわらず、その題名にふさわしいような内容がないばかりか、まじめな研究というにはほど遠い、著者の自己満足のようなものだと断ぜざるをえない。

著者の目的は、大川周明の名誉を回復することにあるらしい。一応、大川の生涯をたどりながら、その思想のエッセンスのようなものを取り上げ、それが日本の思想史に及ぼした影響を「正しく」評価することを目的としているように聞こえる。大川周明が、実像より矮小化されて評価されていることは小生も感じており、そういう点では、もう少しきちんとした評価があってもよいとは思っている。しかしそれは、大川を必要以上に高く評価すべきということにはつながらない。大川には、それなりにユニークな思想があったし、またその思想をもとに同時代に大きな影響を及ぼしたことはたしかだが、しかしその思想には日本の軍事ファシズムを推進させるようなところもあり、要するに複雑な人物である。その複雑な人物である大川を、著者は単純に美化している。言ってみれば、天狗同士の贔屓の引き倒しといったようなものだ。木っ端天狗が大天狗を賛美しているというのが、小生の率直な感想である。

日本の思想史上における大川の意義は、ひとつには五・一五事件の思想的なバックボーンを提供したということ、もう一つは、大アジア主義をかかげて、日本の対外侵略を合理化したということだと思う。このうち、五・一五事件については、この本はほとんどまともに取り上げていない。大川が、藤井斉など五・一五事件の首謀者に大きな影響を与えたことや、軍人のクーデター計画に深くかかわっていたことなど、肝心なことがこの本ではほとんど触れられていない。大アジア主義についても、大川自身の活動より、かれが組織した諜報要員養成機関「大川塾」の卒業生たちの諜報活動の一端について云々しているばかりである。この塾は、外務省や軍の資金で作られ、運営されていたというから、いわば日本の対外侵略の先兵を養成する機関だったわけだ。ところが著者の関岡にかかると、かれらは諜報要員というよりか、インドはじめアジアの諸国の解放に貢献した英雄的な人々ということになる。

日本軍が南方戦線で相当ひどいことをやったことはよく知られている。たとえば、マレー半島攻略のさいには、シンガポールの華僑数千人を虐殺したりしている。そういう不都合な事実には一切触れず、日本軍をアジアの解放者のように描いている。そういう視点だから、南京事件の責任者松井磐根などは、いわれなき汚名を着せられたというような言い方になる。南京事件など起きなかったと言い張る輩が最近多くなったが、関岡もその輩の同類のようである。

関岡は、もともと外国為替を扱う銀行員で、仕事上アジア諸国とかかわったことから、大川の大アジア主義に関心を持ったということらしい。専門の学者でないから、おおざっぱで勝手な主張になりやすいことは割引しても、著者の近代史理解にはかなりなバイアスがかかっていると言わざるを得ない。


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