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近現代の日中関係を考える


日本の近代は、俗に言う黒船来航から始まった。日本は海外から押し寄せてきた圧力に促されて、長い間の鎖国状態を脱し、国を世界に向かって開くと共に、近代的な国づくりに邁進して行った。それはある程度成功した。1868年の明治維新は新しい国づくりを画する出来事だったが、それからわずか30年ほどの間に、日本は近代的な国づくりの基礎を築き、世界の強国へと羽ばたいていくのである。

一方、中国の近代は、アヘン戦争から始まったと言えよう。アヘン戦争は、黒船が日本にとって近代化への圧力になったと同様、中国にとって近代化への圧力を認識させた。だが中国は、この圧力をうまく制御できなかった。その結果、欧米列強につけこまれて、半植民地状態へと追いやられていった。日本と同じく、欧米の圧力に直面しながら、それをうまく制御できなかったについては、それ相応の原因を指摘できる。ともあれ、日本が欧米並みの近代国家の形成にある程度成功したのに対して、中国はそれに失敗したおかげで、国を過つことになったわけである。

そういうわけで、日本と中国とは、かなり違った近代化の道を進むことになる。その過程において、日中両国は密接な関係を繰り広げた。大局的にみれば、日本は中国を失敗の反面教師と見る傾向が強く、中国は日本を近代化の成功例として見たと言えようが、あまり単純化はできない。ただ間違いなく言えることは、近代化に成功して国力を高めた日本が、中国に対して抑圧的に振る舞ったということだ。だから近代の日中関係は、基本的には日本による中国の抑圧、悪くいえば侵略の連続だったということになる。第二次世界大戦の終了を以て、現代の始まりとすれば、現代の日中関係は、前時代における片務的な関係を乗り越えて、双務的で平等な関係の構築に向けて努力した時代だったと言えよう。その努力はある程度成功し、日中両国がきわめて友好的な関係を築いた時期もあった。しかし最近、日中関係は再び険悪さを感じさせるようになっている。

こうして見ると、近現代の日中関係は、隣国同士の関係としては、あまり正常なものとはいえない。もっとも隣国関係が正常でないのは、日中間の関係に限らない。ヨーロッパにおいては、独仏関係は度重なる戦争で彩られているし、ヨーロッパ諸国が敵味方に分かれて派手な戦争をしたこともある。第一次世界大戦などは、その典型例だということができる。

とはいえ、隣国同士仲良くするに越したことはない。じっさいヨーロッパではEUが成立して、域内共存の基盤が非常に強化されているし、犬猿の仲だった独仏も仲良くしている。米ロ関係はいまだによいとはいえないが、それでも共存の動きを模索している。そんな中にあって日中関係だけが、互いに背を向け合っているのは、大人気ないことだというべきだろう。なぜ日中は、心から理解しあい、仲良く付き合うことが出来ないのか。その理由を考えるには、やはり日中関係の歴史、とりわけ近現代の日中関係史を深く理解する必要がある。歴史を正しく知らないでは、良好な関係が築けないばかりか、未来に向かっても実りある関係は望めないだろう。論者の中には、中国はけしからぬから、無理して付き合う必要はないと言う者もあるが、それでは日本に明るい未来はないというべきである。中国は隣国にして、しかも大国である。文化的なかかわりも深い。つまり、政治的・社会的・文化的なかかわりが非常に強いのである。そのかかわりをうまく生かさないでは、日本にとって明るい未来は望めないと考えるべきなのである。

このような問題意識に立って、小生は近現代の日中関係史を俯瞰してみたいと思う。近現代の日中関係を動かしてきた要因を理解し、なにが日中関係を悪化させたか、それを抑えることで、今日日中関係が複雑化している事態の背景についても理解が得られるし、将来に向けての日中関係の安定化にも資することができるのではないかと考えるのである。

日中両国とも、ほぼ同じような時期に欧米からの圧力に接した。アヘン戦争がおきたのは1840年だし、ペリーの黒船が浦賀沖に現われたのは1853年である。この圧力に面して、中国は事態を重く見ずに、伝統的な思考様式で切り抜けようとした。つまり欧米諸国を野蛮とみて、文明を体現する中国がそれを紳士らしく接遇すれば、おのずから欧米は中国を尊敬すると思い込んだのである。その結果、欧米諸国の巧妙な権謀術数の餌食となり、滅びの道をたどっていったわけである。

一方日本は、欧米からの圧力を真剣に受け止めた。徳川政権は、政権としての責任から望ましい開国のあり方をさぐった。西南諸藩は攘夷を叫んではいたが、それは権力闘争のうえでのレトリックであり、明治維新を経て、一旦権力を掌握すると、開国とそれを前提とした富国強兵路線を突き進んでいった。

こうした違いが、日中両国のその後の運命を左右したといえる。その日中両国が、ばらばらに欧米の圧力に接するのではなく、アジアの同胞として、一体的に共同して対処すべきだという議論がなかったわけではない。中国側にはとくに、そうした議論が強くなったこともある。日本でも、後に大アジア主義と称されるようになる考え、つまり日本が中心となりつつも、中国や東アジアの諸国と連盟して欧米の圧力に立ち向かうべきだという議論はあったが、それが政策として結実することはなかった。日本は、自分自身の成功に満悦するあまり、東アジア諸国の友人として振る舞うよりも、主人として振る舞うことを選ぶようになった。そういう日本の基本的な性向が、第二次大戦の敗北に至るまで日本の政治を動かしたのである。

第二次大戦での日本の敗北は、そうした国としての日本の傲慢さを打ち砕いた。以後、日本は平和国家として振る舞うようになり、また東アジアの国々に対して友人として振る舞うようにもなった。それにはアメリカはじめ戦勝国からの圧力も働いたが、日本人自身にもある程度の反省がなければうまくいかなかったはずである。

ところが中国に対しては、日本は長い間、あたかも大陸の中国政権が存在しないかの如く振る舞った。それには、一方ではアメリカによる日本占領、他方では中国における内戦とその結果としての共産党政権の成立といった事情が働いた。それに冷戦の勃発が重なり、事実上アメリカの属国と化した日本は、アメリカの意向に左右されて、大陸の政権とまともな関係を結べないといった事情もあった。日本は、1972年に至るまで、台湾の国民党政権を、中国全体を代表する唯一の政権と見なしてさえいたのである。

日本が中国との関係正常化に乗り出したのは、日本自身の意思からというよりは、米中国交正常化という、いわば外圧に押されてのことだった。それでも田中角栄といったユニークな政治家がいたおかげで、日本は中国との間に、考えられる限りもっとも良好な関係を築くことが出来た。その関係を中国側も最大限利用して、国の近代化を進めた。中国が今日世界大国としての地位を占めるについては、1972年以降の、日本を含めた西側との関係改善が大きく働いているのである。

ところが、日中関係はほどなくして再び緊張を迎える。そのきっかけとなったのは尖閣諸島の問題である。中国は尖閣諸島を自国の領土とする国内法を1992年に制定するが、以後尖閣諸島をめぐる軋轢が日中対立の中心的要因となる。2012年の日本政府による尖閣諸島国有化の動きは、この対立に火を注ぐことになり、以後日中関係は悪化するばかりである。

日中関係のあり方を考える場合、日中両国がアジアの盟友として、共同してアジア全体をリードするという方向性が考えられる。往昔の大アジア主義とは違った意味で、日中両国が共同してアジアの平和と発展につとめるという図式はなかなか美しいと思うのだが、現実はそうはならない。日本はアメリカに従属して、いわばアメリカの威を借りて中国には高飛車に出ている。そんな日本を中国は、なるべく強くなってほしくないと考えている。強い日本は中国にとって悪夢なのである。中国は日米同盟を容認しているが、それは日本がアメリカに従属しているかぎり、自立的な軍事行動をとらないだろうと考えるからだ。日本には自立して欲しくない。それが中国の本音だ。そんな具合だから、日本と中国とは、少なくとも今の時点では、自立した国家同士の安定した関係を築くことが出来ないでいる。それは日本にとっても、中国にとっても、不幸な事態ではないか。

なぜそんなふうになってしまうのか。その理由を理解するためにも、近現代の日中関係を深く理解する必要がある。このプロジェクトでは、そうした問題意識から、近現代日中関係史を俯瞰していきたい。小生はもとより歴史学者ではなく、また近現代の日中関係についての知識も乏しいのであるが、そういう制約を認識しながら、近現代の日中関係史についての自分なりの考えを盛り込んでいきたいと思っている。



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