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責任取らない、共感呼ばない、では「ないないづくし」ない閣だ


朝日新聞が5月4日付朝刊のコラムで菅内閣に厳しい評価をしている。菅総理は「責任取らない」、枝野官房長官は「共感呼ばない」、これでは「ないないづくしない閣」だといわんばかりだ。

記事は専門家の分析を盾にとって、菅総理には困難な事態を自分で切り開いていこうとする責任感が感じとれないという。たとえば福島原発事故のレベルを7に引き上げたときに、菅総理は「放射性物質の広がりを調べた上で、今日の専門家の皆さんの判断になったと聞いている」とまるで他人事のように語った。

4月中旬に、菅総理が松本健一参与に「福島第一原発周辺は10年、20年住めない」と、いったか、いわなかったかをめぐるケースでも、ひたすら責任逃れをしようとする菅総理の姿勢が国民に深く印象付けられた。

政治家の言語力を専門に研究している立命館の東照二教授によれば、「リーダーは自分が状況を把握していると見せることが基本であるはずなのに、もっぱら専門家任せ。国民に向かって「ともに立ち向かおう」と訴える機会だったのに、自ら逃げてしまった」と手厳しい。

先日の小佐古教授の辞任問題なども、涙ながらに官邸の無責任ぶりを訴える教授に対して、見解の相違だといってみたり、国民とともに難局を乗り越えようとする気迫が全く感じられなかった。

また、枝野官房長官については、その口癖なるものを取り上げて、厳しい評価を下している。長官は記者会見で批判的な意見を言われると、すぐに、「申し訳ない」とか「真摯に受け止めたい」とかいう。これは見方によっては謙虚さを表しているようにも受け取れるが、実は丁寧なようで、信頼や共感にはつながらないと指摘する。

再び東教授の言葉を借りれば、「謝るのは話し手中心の行為に過ぎない。表面的にはスマートに聞こえても、我々の日常生活の苦しみや悩みを代弁してくれなければ共感を呼ばない」ということだそうだ。

ここまで言われたのでは、「ないないづくし」が高じて、「反国民自己愛内閣」と云われても抗弁できまい。




  
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