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狂言「佐渡狐」




「佐渡狐」は、脇狂言に分類されている。脇狂言というのは、能で言う脇能と同じで、一日の出し物の冒頭「三番叟」に続いて演じられるめでたい狂言のことである。だが、佐渡狐には、一見したところめでたい要素は見られないように思える。それがなぜ脇狂言に分類されたか。この狂言では、田舎の百姓が都へ年貢を納めにゆくことがテーマになっているが、年貢を納められるのは世の中が平和のしるしであって、そこがめでたいのだ、などという説明がなされるが、いかにも苦しい説明に聞こえる。

その年貢を納めに行く途中、越後の国の百姓と佐渡の国の百姓が出会い、都まで同道することになる。その道々二人の間で交わされる会話のはずみで、越後の百姓が佐渡には狐がおるまいと冷やかす。冷やかされた佐渡の百姓は、狐などみたことがなかったが、佐渡に狐がいないと認めるのは恥だと思い、いると答える。そこで、いるかいないか、その是非に賭けをしようということになり、その裁定を都の奏者に頼もうということになる。

都についた二人は、さっそく年貢をもって奏者のところに参上する。その際、佐渡の百姓は、さきほどの賭けに勝ちたいあまりに、奏者を賄賂で買収し、佐渡には狐がいると言ってもらうよう依頼する。賄賂に弱い奏者は、依頼を引き受けたばかりか、相手から聞かれた時に答えられるようにと、キツネの特徴をこまごまと教えてくれる。

かくして越後の百姓と佐渡の百姓が、奏者の前で狐の特徴について議論するというのが、この狂言の眼目だ。その議論にいったんは勝った佐渡の百姓が、最期にどんでん返しを食って負けてしまう。そのどんでん返しのところが、大いに笑いを呼ぶというわけである。

上の写真は先日NHKが放映した舞台。京都の茂山忠三郎一家が演じていた。その中から、二人の百姓のやりとりを紹介しよう。まず、キツネの特徴について議論しあう部分。

越後:まずお待ちゃれまずお待ちゃれ。
佐渡:待てとは。
越後:それならば尋ぬることがある。
佐渡:何を尋ぬる。
越後:狐のなり恰好を知っているか。
佐渡:それを知らいでなろうか。
越後:それならば早うおしゃれ。
佐渡:なり恰好か。
越後:なかなか。
佐渡:なり恰好は。これじゃこれじゃ。
越後:「これじゃ」という恰好があるものか。早う言え早う言え。
奏者:犬よりは少し小さい。
佐渡:犬よりは少し小さい。
奏者:いかにも、犬よりは小さい物じゃ。
越後:なるほど、犬よりは小さい物じゃ。それならば目はどのようじゃ。
佐渡:目は。目はたつにりんと立ち切れてある。
奏者:オオ、りんと立ち切れてある。
越後:なるほど、たつにりんと立ち切れてある。それならば、口は何とじゃ。
佐渡:口か。
越後:口は何とじゃ。
佐渡:口は耳じゃ。
越後:「口は耳」ということがあるものか。口を言え口を言え。
奏者:耳せせまで。
佐渡:口は耳せせまで裂けてある。
奏者:オオ、くゎっと裂けてある。
越後:いかにも耳せせまで裂けてある。それならば、尾は何とじゃ。
佐渡:尾は無い。
越後:尾の無い狐があるものか。
奏者:あるある。
佐渡:オオあるある。
越後:早う言え早う言え。それは何をするぞ、早う尾を言え。
奏者:ふうっさり。
佐渡:ふうっさりと太う長いものじゃ。
奏者:オオ太う長い。
越後:なるほどふうっさりと太う長いものじゃ。それならば毛色は何とじゃ。
佐渡:色は黒い。
越後:黒い狐があるものか。サアサア色を言え色を言え。
奏者:薄赤。
佐渡:薄赤い物じゃ。
奏者:折々は白いもある。
越後:いかさま薄赤うて、折々は白いもある。それならばぜひもないことじゃ。
佐渡:これは私の勝でござる。
奏者:汝が勝じゃ。それを持って行け持って行け。
佐渡:それはかたじけのうござる。さて我々はもはや、
佐渡・越後:お暇仕りましょう。
奏者:それならばまた明年も、相變らず納めませい。
佐渡:また明年參って、
佐渡・越後Sお目にかかりましょう。
奏者:また明年會おうぞ。
佐渡・越後:さらばさらば。

こうして議論は決着したかに見えたが、合点のいかない越後の百姓が、今度は狐の鳴き声はどうかと、佐渡の百姓に迫る。

越後:イヤのうのう、佐渡の國の待たしめ。
佐渡:何も用はあるまいがの、
越後:イヤイヤちと用のことがある。
佐渡:何事でおりゃる。
越後:さて最前問い落いたが、狐の鳴き聲は何とじゃ。
佐渡:ヤア、なんじゃ鳴き聲。
越後:なかなか。
佐渡:それは最前言うたではないか。
越後:イヤイヤ最前鳴き聲は聞かなんだ。サアサア早う鳴き聲をおしゃれ。
佐渡:犬よりは少し小さい。
越後:それはなり恰好で合點じゃ。鳴き聲を言え鳴き聲を言え。
佐渡:耳せせまで裂けてある。
越後:それも口で合點じゃ。サアサア狐の鳴き聲は鳴き聲は。
佐渡:ふうっさりと太う長い。
越後;それは尾のことじゃ。おのれ鳴き聲を言わぬにおいては、この腰の物をやることではないぞ。
佐渡:オオものと鳴くは。
越後:何と鳴く。
佐渡:ものと。
越後:何と。
佐渡:東天紅と鳴く。
越後:おのれそれはにわとりの鳴き聲じゃ。これをばおのれにやることではないぞ。のうのううれしやうれしや、勝ったぞ勝ったぞ。
佐渡:南無三寶、してやられた。ヤイヤイヤイ、ヤイ。そちのは持って行くとも、みどものなりとも戻いてくれい。アノ横着者、誰そ捕えて下されい。やるまいぞやるまいぞ、やるまいぞやるまいぞ。




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