狂言「柿山伏」:泥棒の居直り
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狂言「柿山伏」はわかりやすい筋書きで単純な笑いに満ちているので、初心者にもとっつきやすい作品だ。そんなところからよく上演される。演じる役者も若い人から年配のものまで幅広い。
題名のとおり山伏物に分類される作品だが、この山伏はだいぶおっちょこちょいのキャラクターになっている。そこがユニークなところといえる。
腹をすかした山伏が柿を盗んで食っているところを柿の木の持ち主に見咎められ、腹いせにいたずらを仕掛けられる。持ち主が山伏をカラスに見えるといえば山伏はカラスの真似をし、猿に見えるといえば猿のマネをし、犬に見えるといえば犬のマネをしているうち、鳥のマネをして飛んだところを木から落ちて大怪我をするというのが荒筋だ。
その間で山伏の演じる物まねがこの狂言の見所になっている。山伏は柿泥棒のくせに、最後には開き直り、怪我をしたことの落とし前を持ち主にせまるといったずうずうしさを発揮する。こんな調子でリズミカルに展開していく。観客は節目節目の物まねに腹を抱えて笑えるという趣向だ。
ここでは先日NHKが放送した大蔵流の狂言を紹介しよう。シテは茂山宗彦、アドは茂山七五三が演じていた。
舞台にはまず山伏が登場する。(以下テクストは狂言記から)
山伏「大峯葛城踏み分けて、我が本山に帰らん...
罷出(まかりいで)たるは、大峯葛城参詣致し、唯今下向道(げこうどう)で御ざる。よきついでなれば、檀那回りを致そうと存ずる。
まづ、そろ参らふ。やれさて、何とやら物欲しう存ずるが、まだ先の在所は程遠さうに御ざる。何と致そうぞ。いゑ、こゝに見事な柿が御ざるほどに、一つ取つて食びやうと存ずる。」
腹をすかした山伏は道端に柿がなっているのをみつけて食おうとするが手が届かない。そこで手ごろな岩を見つけてそれに乗って柿の木に登れば、柿はやっと手の届く距離にある。喜んだ山伏は次から次へと柿の実をむしり取っては平らげてゆく。
するとそこへ柿の木の持ち主が現れる。柿の枝に物陰が見えるので始めはカラスと思うがそうではなく人間だと気づく。一方山伏のほうは見つけられてはかなわぬと、枝の影に身を縮めて隠れる振りをする。
柿主「罷出たるは此辺りの者で御ざる。 今日も行(い)て、又柿を見舞(みまわふ)と存ずる。
何と致してやら、鳥が突いて迷惑致す。いゑこゝな、鳥が食うかして、へたが落ちたが、わゝ、さねも落つるが、上に鳥がおるか、いゑ、山伏が上がつておるが、何と致そうぞ。いや、きやつをなぶりませうぞ。はあ、上に猿めが上がつておる。」
山伏「はあ、柿主めが見つけおつた。何と致そうぞ。」
山伏に気づいた持ち主は、ひとつなぶってやろうと思い、猿が木の枝にのぼっておるわと大声で叫ぶ。猿と間違えられた山伏は、ここで猿にならないと面倒なことになると思って、猿のマネをする。
柿主「はあ、あれは猿ぢやが、身ぜせりをせぬ。異な事ぢや。」
山伏「わ、それがしを猿ぢやと言ふが。 はあ、こりや、身ぜせりしませうず。」
柿主「ふん、猿にまがう所はない。猿なら、鳴かうぞゑ。」
山伏「はあ、こりや、鳴かざなるまひ。きや。」
身振りだけでなく泣き声も真似るのがミソだ。山伏の反応に気分をよくした持ち主は、ついで山伏を犬だという。山伏は仕方なく犬の身振りをして、泣き声もまねる。
柿主「はあ、猿にまがう所はない。猿かと思へば、犬ぢやげなわいやい。」
山伏「はあ、又こりや、犬ぢやと言ふ。」
柿主「犬なら、鳴かうぞよ。」
山伏「はあ、又こりや、鳴かざなるまひ。 びよ。」
ついで持ち主は山伏をトビだという。これには山伏も困り果てたが、トビなら飛ばなければカッコウがつかぬだろうと、思い切って飛ぶマネをする。
柿主「はあ、犬ぢや。犬かと思へば、鳶(とび)ぢやげなわいやい。」
山伏「はあ、又こりや、鳶ぢやと言ふ。」
柿主「鳶なら、飛ぼぞよ。」
山伏「飛ばざなるまひ。」
柿主「鳶なら、飛ぼぞよ、、、ありや飛んだは。」
ところが羽を持たない山伏は、トビのように空へ舞い上がることが出来ずに、地面に叩きつけられる。
思わず大怪我をし山伏は怒る、そしてその怒りを持ち主にぶつける。
山伏「あ痛、痛、やい、そこな者、それがしが木のそらにいれば、尊(たっと)い山伏を 『いや犬で候の、猿で候の』と言ふて、なぜに腰をぬかしたぞ。急いでくすろうでかやせ。」
自分の怪我はお前が原因なのだから、お前の家に連れて行って治療しろと山伏はせまる。それに対して柿泥棒のクセに、謝ったうえでとっとと失せろと持ち主が答える。
柿主「やい、そこな者、柿を食(く)て恥かしくは、『御免なれ』と言ふて、おつとせで往(い)ね。」
山伏「やい、そこな者、山伏の手柄には、目に物を見せうぞよ。」
柿主「柿盗みながら、小言を言わずとも、急いで往(い)ね。」
山伏「定言(ぢやうい)ふか。物に狂わせうが。」
柿主「山伏おけ、なるまいぞ」
腹をたてた山伏は立ち去ろうとする持ち主の背後から呪文を唱える。するとどういうわけか、持ち主は呪文によって前に進むことができず、かえって後ろに引き戻されてしまう。この部分は山伏の山伏らしさがよく現されているところだ。
山伏「定言ふか。それ山伏といつぱ、役(えん)の行者の跡を継ぎ、難行苦行、こけ(虚仮)の行をする。今此行力かなわぬかとて、一祈りぞ祈つたり。橋の下の菖蒲は誰(た)が植へた菖蒲ぞ。」
持ち主は改めて怒りを覚えるが、山伏の呪文のために、思うように動けない。そんな持ち主を山伏は嵩にかかって攻撃する。
柿主「やい山伏、おかしい事をせずとも、往(い)ね。」
山伏「やい、定言ふか。も一祈りぞ祈つたり。ぼうろぼん、そりや見たか。山伏の手柄には、物に狂ふは手柄ではないか。」
こうして山伏は逃げる持ち主を追って、どこまでもついていく。怪我をしているのだから、脚をひきずりながらである、そこのところがまた観客の笑いを買う。
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