日本語と日本文化


富士太鼓:夫の仇討ち(能、謡曲鑑賞)


富士太鼓は、太鼓を巡る芸道の執念を描いた作品である。テーマは二つあり、ひとつは富士と浅間に名を借りた芸人同士の争い、ひとつは討たれた夫の敵討ちをする妻と子の悲しみである。

富士と浅間とは古来日本の代表的な火山であって、たびたび噴火を繰り返しては、人々を恐れさせてきた。だから、いづれが勝っているか、常に比較されてきたものと思われる。この両山の比較を、太鼓の樂人の比較にたとえたのが、一番目のテーマである。

作品の中では、「信濃なる浅間の嶽も燃ゆるといへば富士の煙のかひや無からん」という古歌を引用して、浅間が勝つようになっている。浅間という名称は、今日では浅間山という特定の山を連想させる名となっているが、もともとは火山を意味する言葉であり、このことから富士山に祭られた神社を浅間神社と称した。ところが、富士山とは別に、浅間山という特定の山とこの言葉が結びついたために、富士と浅間の関係はややこしいものとなったのであった。この作品は、その辺の事情をひねらせて、富士と浅間の間に優劣を競わせた訳である。

富士の妻と子は、富士の後を追い求めて都にやってくるが、討たれて死んだことを聞かされて大いに嘆く。その嘆き悲しむ妻に、死んだ富士の怨霊が乗り移り、太鼓を相手に敵討ちをする、これが二つめのテーマである。妻が夫の恨みを晴らすために、浅間に対して敵討ちをするのではなく、夫の亡霊が妻の姿を借りて、太鼓に敵討ちをするというのがミソである。

何故太鼓を相手に敵討ちをするのか。現代人の我々にはなかなか理解できないところであるが、これは、己を殺した相手よりも、晴の舞台でうまくできなかったことに対する無念のほうが強烈だったことを物語るのだろう。だから、富士は太鼓に対して怨念を晴らすことにより、成仏しようとしたのかもしれない。

舞台にはまず、萩原の院に仕へ奉る臣下が現れ、富士が浅間に討たれて死んだいきさつを語る。(以下、テキストは「半魚文庫」を活用)

ワキ詞「これは萩原の院に仕へ奉る臣下なり。さても内裏に七日の管絃の御座候ふにより。天王寺より浅間と申す楽人。これはならびなき太鼓の上手にて候ふを召し上せられ。太鼓の役を仕り候ふ所に。又住吉より富士と申す楽人。これも劣らぬ太鼓の上手にて候ふが。管絃の役を望み罷り上りて候。此由きこしめされ。富士浅間いづれも面白き名なり。さりながら古き歌に。信濃なる浅間の嶽も燃ゆるといへば。
詞「富士の煙のかひや無からんと聞く時は。名こそ上なき富士なりとも。あつぱれ浅間は増さうずるものをと勅諚ありしにより。重ねて富士と申す者もなく候。さる程に浅間此由を聞き。にくき富士が振舞かなとて。かの宿所に押しよせ。あへなく富士を討つて候。まことに不便の次第にて候。定めて富士が縁の無きことは候ふまじ。もし尋ね来りて候はゞ。形見を遣はさばやと存じ候。

そこへ、富士の後を追って都にやってきた妻と子が登場する。妻のいでたちは、深井の面に水衣、腰巻、子方は直面に少女の姿である。

シテ子方二人次第「雲の上なほ遥なる。雲の上なほ遥なる。富士の行方をたづねん。
シテ「これは津の国住吉の楽人。富士と申す人の妻や子にて候。さても内裏に七日の管絃のましますにより。天王寺より楽人めされ参る由を聞き。妾が夫も太鼓の役。
二人「世に隠無ければ。望み申さん其ために。都へのぼりし夜の間の夢。心にかゝる月の雨。
下歌「身を知る袖の涙かと。明かしかねたる夜もすがら。
上歌「寝られぬまゝに思ひ立つ。寝られぬまゝに思ひ立つ。雲井やそなた故郷は。跡なれや住吉の松の隙より眺むれば。月落ちかゝる山城もはや近づけば笠をぬぎ。八幡に祈りかけ帯の。むすぶ契の夢ならで。うつつに逢ふや男山。都にはやく着きにけり。都にはやく着きにけり。
シテ詞「急ぎ候ふ程に。都に着きて候。此処にて富士の御行方を尋ねばやと存じ候。いかに案内申し候。
狂言シカジカ
シテ「これは富士がゆかりの者にて候。富士に引き合はせられて賜はり候へ。狂言シカジカ

狂言の案内で、萩原院の臣下に面会した母娘は、訪ねる富士が討たれたことを聞かされて、悲しみに沈む。

ワキ詞「富士がゆかりと申すはいづくにあるぞ。
シテ「これに候。
ワキ「さてこれは富士がため何にてあるぞ。
女「恥かしながら妻や子にて候。
ワキ「なう富士は討たれて候ふよ。
シテ「何と富士は討たれたると候ふや。
ワキ「なか/\の事富士は浅間に討たれて候。
シテ「さればこそ思ひ合せし夢の占。重ねて問はゞなか/\に。浅間に討たれ情なく。
地「さしも名高き富士はなど。煙とはなりぬらん。今は歎くに其かひもなき跡に残る思子を。見るからのいとゞ猶すゝむ涙はせきあへず。
ワキ詞「今は歎きてもかひなき事にてあるぞ。是こそ富士が舞の装束候ふよ。それ人の歎には。形見に過ぎたる事あらじ。これを見て心を慰め候へ。
シテ「今までは行方も知らぬ都人の。妾を田舎の者と思し召して。偽り給ふと思ひしに。誠にしるき鳥甲。月日もかはらぬ狩衣の。疑ふ所もあらばこそ。痛はしやかの人出で給ひし時。みづから申すやう。天王寺の楽人は召にて上りたり。御身は勅諚なきに。押して参れば下として。上を計るに似たるべし。其うへ御身は当社地給の楽人にて。明神に仕へ申す上は。何の望のあるべきぞと申しゝを。知らぬ顔にて出で給ひし。
地下歌「その面影は身に添へどまことの主は亡きあとの忘形見ぞよしなき。
上歌「かねてより。かくあるべきと思ひなば。かくあるべきと思ひなば。秋猴が手を出し。斑狼が涙にても留むべきものを今更に。神ならぬ身を恨みかこち。歎くぞあはれなる歎くぞあはれなりける。

(物着)悲しみ嘆く妻に夫の怨霊が乗り移るところは、妻が腰巻姿のまま、鳥兜をかぶることで表現される。そのアンバランスがかもしだす鬼気迫る姿で、剣に見立てた撥を振りかざすところが、この曲最大の見所である。

シテ詞「あら恨めしやいかに姫。あれに夫の敵の候ふぞやいざ討たう。
子方「あれは太鼓にてこそ候へ。思のあまりに御心乱れ。筋なき事を仰せ候ふぞや。あら浅ましや候。
シテ詞「うたての人のいひ言や。あかで別れし我が夫の。失せにし事も太鼓故。たゞ恨めしきは太鼓なり。夫の敵よいざ打たう。
子方「げに理なり父御前に。別れし事も太鼓故。さあらば親の敵ぞかし。打ちて恨を晴らすべし。
シテ「妾がためには夫の敵。いざやねらはんもろともに。
子方「男の姿狩衣に。物の具なれや鳥甲。
シテ「恨の敵討ちをさめ。
子方「鼓を苔に。
シテ「埋まんとて。
地「寄するや鬨の声立てゝ。秋の風より。すさまじや。
シテ「打てや/\と攻鼓。
地「あらさてこりの。泣く音やな。
地歌「なほも思へば腹たちや。なほも思へば腹たちや。怪したる姿に引きかへて。心言葉も及ばれぬ。富士が幽霊来ると見えて。よしなの恨や。もどかしと太鼓討ちたるや。

(楽)妻と子が、太鼓に向かってかわるがわる剣を振りかざすうちに、富士の怨念も次第に収まってきて、最後は千秋楽を舞いながら、晴れ晴れとした気持ちになるところで、一曲が終わる。

シテ「持ちたる撥をば剣と定め。
地「持ちたる撥をば剣と定め。瞋恚の焔は太鼓の烽火の。天にあがれば雲の上人。誠に富士颪に絶えず揉まれて裾野の桜。四方へばつと散るかと見えて。花衣さす手も引く手も。伶人の舞なれば。太鼓の役は。本より聞ゆる。名の下空しからず。たぐひなやなつかしや。
ロンギ地「げにや女人の悪心は。煩悩の雲晴れて五常楽を打ち給へ。
シテ「修羅の太鼓は打ちやみぬ。此君の御命。千秋楽を打たうよ。
地「さてまた千代や万代と。民も栄えて安穏に。
シテ「太平楽を打たうよ。
地「日も既に傾きぬ。日も既に傾きぬ。山の端をながめやりて招きかへす舞の手の。うれしや今こそは。思ふ敵は打ちたれ。打たれて音をや出すらん。我には晴るゝ胸の煙。富士が恨を晴らせば涙こそ上なかりけれ。
キリ「これまでなりや人々よ。これまでなりや人々よ。暇申してさらばと。伶人の姿鳥甲。皆ぬぎすてゝ我が心。乱笠乱髪。かゝる思は忘れじと。また立ちかへり太鼓こそ憂き人の形見なりけれと。見置きてぞ帰りける。後見置きてぞ帰りける。

なお、同じテーマを扱ったものに、梅枝がある。富士太鼓が現在能であるのに対して、梅枝は複式夢幻能の体裁をとっている。


    


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