菊慈童(枕慈童):邯鄲の枕の夢(能、謡曲鑑賞)
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菊慈童は、菊花の咲き乱れる神仙境を舞台に、菊の花のめでたさと、その菊が水に滴り不老不死の薬になった由来を語り、永遠の美少年の長寿を寿ぐ曲である。リズミカルな謡に乗って、美少年が演ずる舞は、軽快で颯爽としており、この曲を魅力あるものにしている。華やかな舞尽くしの能である。
中国の河南省を舞台に設定しているが、直接の出典は、太平記巻十三にある「神馬進奏事」である。後醍醐天皇が駿馬を得た喜びを描く条で、そのなかに慈童の逸話が出てくる。
周の穆王は希代の名馬に乗ってインドに至ると、そこで釈迦に出会い、漢語を以て、四要品の中の八句の偈を賜る。穆王は中国に帰って後、これを秘蔵して人に知らせることがなかった。或る時、穆王の寵愛していた童が誤って王の枕をまたいでしまった。本来なら死罪に値するのだが、罪一等を減じられて、?県山に流される。だが、そこは「山深して鳥だにも不鳴、雲暝して虎狼充満せり。されば仮にも此山へ入人の、生て帰ると云事なし」という有様。王はお守りのためにと、八句の偈のうち二句を、童に書き与える。
―爰に慈童君の恩命に任て、毎朝に一反此文を唱けるが、若忘もやせんずらんと思ければ、側なる菊の下葉に此文を書付けり。其より此菊の葉にをける下露、僅に落て流るゝ谷の水に滴りけるが、其水皆天の霊薬と成る。慈童渇に臨で是を飲に、水の味天の甘露の如にして、恰百味の珍に勝れり。加之天人花を捧て来り、鬼神手を束て奉仕しける間、敢て虎狼悪獣の恐無して、却て換骨羽化の仙人と成る。是のみならず、此谷の流の末を汲で飲ける民三百余家、皆病即消滅して不老不死の上寿を保てり
以上が出典となった話の概要であるが、この曲のもともとの姿も、これを汲んだかたちで、童が罪を得て追放される前段と、不老不死を寿ぐ後段との、前後二つの場からなる複式能であった。今日の姿は、前段を省いて後段のみにし、舞尽くしの能に仕立て直したものである。
なお、観世流以外の流派では枕慈童といっている。枕をまたいで罪を得たという説話から、そのように名づけたのだろう。また、金剛流のみは、今でも前後二段からなる古体を演ずることがある。もしかしたら、この曲は金剛の能であったのかもしれない。
舞台正面には、菊をあしらい、中央に枕を載せた台が置かれる。その背後には、これも菊で飾った藁屋が置かれ、その中に慈童が控える。(以下、テキストは「半魚文庫」を活用。)
ワキ、ワキツレ二人次第「山より山の奥までも。山より山の奥までも。道あるや時世なるらん。
ワキ「これは魏の文帝に仕へ奉る臣下なり。さても我が君の宣旨には。?(れき)県山の麓より薬の水涌き出でたり。其水上を見て参れとの宣旨を蒙り。唯今山路に赴き候。急ぎ候ふ程に。これははや?県山に着きて候。これに庵の見えて候。先づこのあたりに徘徊し。事の子細を窺はゞやと存じ候。
ここで、藁屋の中から童役のシテが出てくる。童の面をかぶり、髪を長く垂らした少年の姿である。
シテサシ「夫れ邯鄲の枕の夢。楽むこと百年。慈童が枕は古の。思寝なれば目もあはず。
地「夢もなし。いつ楽を松が根の。いつ楽を松が根の。嵐の床に仮寝して。枕の夢は夜もすがら身を知る袖はほされず。頼めにし。かひこそなけれひとり寝の枕詞ぞ。恨なる枕詞ぞ恨なる。
ワキ詞「不思議やな此山中は。虎狼野干の栖なるに。これなる庵の内よりも。現れ出づる姿を見れば。其様化したる人間なり。如何なる者ぞ名をなのれ。
シテ詞「人倫通はぬ処ならば。其方をこそ化生の者とは申すべけれ。これは周、の穆王に召し仕はれし。慈童がなれる果ぞとよ。
ワキ「これは不思議の言事かな。誠しからず周の代は。既に数代のそのかみにて。王位も其数移り来ぬ。
シテ「不思議や我はそのまゝにて。昨日や今日と思ひしに。次第に変る往昔とは。さて穆王の位は如何に。
ワキ「今魏の文帝前後の間。七百年に及びたり。非想非々想は知らず人間に於て。今まで生ける者あらじ。いかさま化生の者やらんと。身の怪めをぞ為しにける。
シテとワキとの押し問答がのどかに続き、ワキはシテにいわれるまま、枕の要文を伺い見て驚く。
シテ「いやなほも其方こそ。化生の者とは申すべけれ。忝なくも帝の御枕に。二句の偈を書き添へ賜はりたり。立ち寄り枕を御覧ぜよ。
ワキ「これは不思議の事なりと。各立ち寄り読みて見れば。
シテ「枕の要文疑なく。
シテワキ二人「具一切功徳慈眼視衆生。福寿海無量是故応頂礼。
地「此妙文を菊の葉に。置く滴や露の身の。不老不死の薬となつて七百歳を送りぬる。汲む人も汲まざるも。延ぶるや千年なるらん。おもしろの遊舞やな。
(楽)ここでシテの舞う楽の舞は、舞楽をかたどった優雅でしかものびのびとした舞である。地謡もノリのきいたリズミカルな謡ぶり。一曲の見せ場といえる。
シテ「ありがたの妙文やな。
地「すなはち此文菊の葉に。すなはち此文菊の葉に。悉く現る。さればにや。雫も芳しく滴も匂ひ。淵ともなるや。谷陰の水の。処は?県の山の滴。菊水の流。泉はもとより酒なれば。酌みては勧め。掬ひては施し。我が身も飲むなり飲むなりや。月は宵の間其身も酔に。引かれてよろ/\/\/\と。たゞよひ寄りて。枕を取り上げ戴き奉り。実にも有難き君の聖徳と岩根の菊を。手折り伏せ手折り伏せ。敷妙の袖枕。花を筵に臥したりけり。
「よろ/\/\/\と、たゞよひ寄りて」のところでは、シテは酔いの振りをして、足元もよろよろと漂いながら舞う。
シテ「もとより薬の酒なれば。
地「もとより薬の酒なれば。酔にも侵されず其身も変らぬ。七百歳を。保ちぬるも。此御枕の故なれば。いかにも久しき千秋の帝。万歳の我が君と祈る慈童が七百歳を。我が君に授け置き。所は?県の。山路の菊水。汲めや掬べや飲むとも飲むとも尽きせじや尽きせじと。菊かき分けて。山路の仙家に。そのまゝ慈童は。入りにけり。
今年のNHKの正月番組では、喜多流の「枕慈童」が放送された。後段の場面だけだったが、観世とは異なり、クリ、サシ、クセの部分が余計についていた。古体が、中途半端に残ったのだろうか、筆者には、あらずもがなのようにも思われた。
喜多は金剛から分かれた流派だから、この曲を換骨堕胎するにあたって、観世などのようにはすぱっとわりきれず、古体にこだわったのかもしれない。
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