日本語と日本文化


狂言「釣狐」


釣狐は雑狂言(集狂言)の一つで、狐を主人公にした話である。ウツボ猿が狂言師としてのデビューの舞台で演じられるのに対して、独り立ちの記念として演じられることで知られる。狂言としては非常に長く、一時間以上に及ぶ。また、大小の鼓を入れ、中入の前後で面と衣装を変えるなど演出に凝っている。演劇性の高い狂言である。

人間が仕掛けた罠にかかって仲間の狐が次々と殺される事態を嘆いた狐が、その人間の叔父に化けて、狐を取るのをやめさせようとするが、自分自身が甥の仕掛けた罠の餌に目がくらみ、まんまと引っかかってしまうという、ドジな狐の話である。

ここでは先日NHKが放送した和泉流の舞台を紹介する。シテ(狐)は三宅右矩,ワキ(甥)は三宅近成が演じていた。

舞台には大小の鼓とともにワキの甥が控えている。そこへ叔父の白蔵主に化けた狐が登場する。(以下テクストは「狂言記」から)

狐「(次第) われは化けたと思へども、人は何とか思ふらん。是は此所に住居仕る古狐のこつちやう。去程に、此山のあなたに猟師の候、我等の一門を釣り平らげる事にて候。何とぞして、かれが釣らぬやうにと思ひ則かれが伯父坊主に、白蔵主と申て御ざるほどに。これに化けて参て異見を加へ、殺生の道を思ひ止まらせうと存ずる事で御ざる。何と、白蔵主によう似たか知らぬまでい。まづ水鏡を見ませう (こゝにて水鏡を見て笑う) あはゝ、はあ、さても 似た事かな。まづ、かれが所へ急いで参らふ。いや、急ぐ程にはやこれぢや。物申、甥子内におぢやるか。」

狐と甥との間で問答が展開する。叔父に化けた狐は甥に向かって、そなたは狐を取りおるというが本当かと尋ねる。すると甥は、始めはしらばくれて、狐など取ってはおらぬと答える。

甥「いや伯父の御坊の声がするが、物申は誰そ。いゑこゝな、何とおぼしめして御出なされたぞ。」
狐「されば、此中はひさしう逢わいで、なつかしさに参つたが。何事もおぢやらぬか。」
甥「されば、誠に此中は手前とりまぎれまして、御見舞も申さず、御無沙汰致して御ざる。まづ、御息災でめでたふこそ御ざれ。いざ内へ入らつしやれませひ。」
狐「おふ、はや内へも入りませう。そなたに異見のしたひ事が有て、是迄参つておぢやるが、開きやらふか開きやるまひか。」
甥「いや、伯父の御坊様の異見を聞かぬといふ事が御ざらふか。何事成とも聞ませう。」
狐「はあ、おふ嬉しい。そなたは狐を釣りやるといふ事を聞いたが、まことかいの。」
甥「いやいや、さやうの物を釣つた事は御ざらぬ。」
狐「いや、なお隠しやつそ。毎に狐やなどといふ物は執心深ひ物で、そのまゝあたんをなす物でおぢやる。其上狐に付けて、とっと子細のある事でおぢやる。事大事の事でおぢやるほどに、かならず、お止まりやれ。」
甥「何しにいつわり申ぞ。さやうの狐を釣るとことはなかなか思ひもよらぬ事で御ざる。」
狐「よい、異見の聞まひといふ事でおぢやる。此上からは、甥を持つたとも思はぬ。ふつと中違でおぢやる。さらば。罷帰る。」
甥「申々、まづ戻らつしやれい。」
狐「いやていば。」

叔父の追及があまりに厳しいので、甥は狐を取っていることを認め、今後取らぬようにしたいと約束する。その甥に向かって狐は、狐を取り続けるときっと祟りがあるからと、狐についての様々ないわれを説明する。

甥「ひらに帰らつしやれい。此上は何を隠しませうぞ。狐を釣りまするが、伯父の御坊の御異見に任せて、ふつと止まりませう。」
狐「しかとさうでおぢやるか。」
甥「はて、何の嘘を言ひませうぞ。」
狐「おゝ嬉しい。是もそなたの為ぢやぞや。それに付けて、狐の執心深い謂を語つて聞かせう。」
狐「(語り)そも、狐と申は、皆神にておはします。天竺にては、班足太子の塚の神。大唐にては、幽王の后と現じ、我朝にては稲荷五社の大明神にておはします。昔鳥羽院の御代の時、清涼殿にて御歌合の御会のありし時、永祚のごとくなる大風吹き来り、御前なる四十二のともしび、一度にはらばつと吹消しければ、東西俄にくろうなる。御門、不思儀に思召、博士を召し、占わせられ候へば、安部の泰成、参申上るは、『是は変化の物なり』、『祈らせい』とありければ、『承』と申。四方に四面の檀を飾り、五色の幣を立て、祈らせらるゝ。玉藻の前は是を見て、御前にたまりかね、御幣を一本おつ取り、下野国那須野の原へ落て行。おろそかにしてはかなはじと、上総介三浦介に仰付らるる。その後両人御請を申、那須野の原へ下着す。四方をとりまき、百疋の犬を入れ、遠見検見を立、呼ばわる。遠見申すやう、胴は七ひろ、尾は九ひろの狐にてありしが、回り八丁表へ見ゆる』とのふ。おそろしい事の。其時三浦の大助がひやうど射る。次の矢を上総の助がひやうど射た。彼狐を終に射止めた。其執心が大石となつて、空をかくる翼、地を走るけだもの、人間をとる事、数を知らず。かやうのおそろしきけだものなどを、わごりよたち、賤分にて、釣りくゝる事、勿体なひ事。かまいて思ひ止まらしませ。」

叔父の話を聞いた甥は、すっかり恐れ入って、今後狐を取らぬと固く誓いながら、その罠を叔父に見せる。叔父は驚いて、直ぐに捨てろと命じる。

甥「はてさて、扨も狐と申ものは、執心深ひ物で御ざりまする。いよ止まりませう」
狐「おふ、嬉しうおぢやる。その狐を釣る物をちつと見たいの。」
甥「やすひ事、御目にかけませう。これで御ざりまする。」 (狐の罠を見せる)
狐「はい、こゝな人は、此尊ひ出家の鼻の先へ、むさい物を突きつきやる。その竹の先なは何ぞ。」
甥「是は、ねずみの油揚げで御ざる。此かざをかぎますると、狐殿が食いにかゝられまするところを此縄でひつしめて、皮をひつたくりまするが、いかふ気味のゑい物で御ざる。」
狐「こゝな人は、まだそのつれを言ふかの。其縄を捨ててわたい。」
甥「かしこまつた。捨てませう。」
狐「いや、愚僧がこれに居る内に、前な河へ流しておぢやれ。気味の悪い物。」

甥は叔父の様子にあやしいところを感じとって、罠をすてると見せかけて、実は叔父の帰り道の途中にそれを仕掛けて置く。

甥「かしこまつた。いや、何と言われても狐を釣りやむ事はなるまひ。まづこゝもとに罠を張つておきませう。申々、最前の罠を河へ流しまして御ざる。」
狐「おふ、一段。異見の聞かれて嬉しうおぢやる。何なりとも用の事があらば、寺へ言ふてわたい。銭でも米でも、用に立ちませう。
甥「かたじけなふこそ御ざりますれ、御無心申までで御座らふ。」
狐「さらば、も、かう帰りまする。」
甥「はて、御茶でも参りませいで。」
狐「又やがて参りませう。さらば。」
甥「よう御ざりました。」

叔父が帰り道を歩いていると、甥の仕掛けた罠が目に入る。その罠には若鼠の油揚が餌としてつけられている。それを見た狐は食い気を起こすが、いったんは用心して引き上げる。

狐「おふ、さても扨も、人間といふ物はあどない物ぢや。伯父坊主に化けて、異見をしたれば、まんまとだまされて御ざる。此上は、天下はわが物ぢや。小歌節で往のふ(踊り節)往のやれ古塚へ、足半をつまだてて(こゝにて罠を見付て肝をつぶして)はい、はつ、さても、人間といふ物はかしこひ物ぢや。身共が戻る道中にまんまと張つておいた。様子を見ませう。いゑ、むまくさや一口食おふか。や、此ねずみは親祖父の敵ぢや。一打ち打つて食おふ。(節)打たれてねずみ音をぞ鳴く。われには晴るゝ胸の煙、こんくわいの涙なるぞ悲しき。くわい。」

中入の後、本来の姿に戻った狐が舞台に再登場し、罠に仕掛けられた油揚げを何度もうかがう。はじめのうちは用心してなかなか食いつこうとはしないが、そのうちとうとう食い気に負けて油揚げに食らいついたところを罠につられて、一巻の終わりとなる。

甥「伯父坊主の異見を聞かふとは申たが狐を釣らずには、いる事はなるまひ。罠を張つて狐を釣りませう。」
狐「(生にて出る)くわい(橋懸り、又は鼓座よりも出る。舞台の先へ這うて出て、罠を見て、その後、人のいるか、いぬかを思ふて見回し、そこにて立て、腹鼓、いろの曲をして、罠の上を跳び越し手足にていろい、跳び帰り又は横跳び、いろの曲、口伝あり。その後、罠にかゝつて鳴く)くわい。」
甥「さ、かゝつたは。
狐「くわい。」
甥「どつこひ、やるまひぞ。」
狐「くわい。」
甥「どこゑ。」
狐「くわい。」

なお、この曲は現行の諸流では「釣狐」というが、テクストに取った狂言記では「こんくわい"今悔"」という。






  
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