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小説の語り口:大江健三郎「取り替え子」


「取り替え子」は、三人称で書かれている。大江は初期の短編以来「燃え上がる緑の木」に至るまで、基本的には一人称で書いて来た。それが断筆宣言から一転再開した「宙返り」で本格的な三人称を導入したのだったが、そうすることで物語り展開にかなりの自由度が生まれたようだ。一人称だと、どうしても狭い視点から語ることになるし、語ることにはそれなりの利点も無論あるのだが、壮大さには劣る。壮大な物語を展開するには、やはり三人称が有利だ。「取り替え子」というこの小説は、三人称の利点を最大限発揮しているといってよい。

この小説は、伊丹十三の死をきっかけにして書かれたということもあって、伊丹を中心にして展開していくのだが、それだけでは小説としての深さは出ない。そこで大江は、伊丹の死にからめる形でもう一つの大きな物語を仕込んだ。その物語は、大江の一連の小説と通じ合うようなものだが、多少の変化も取り入れている。その物語を簡単にいうと、戦後の日本人へ覚醒を迫るというような政治的なメッセージを含んだものだった。大江は、一揆とか反抗といったものを通して、権力を相対化するとうな視点を小説に取り入れて来たわけだが、そうした批判的な視点が、この小説では日本人全体に向けられているのである。

この小説の隠れたテーマは、という場合の「隠れた」という意味は、そのテーマが正面から描かれることはなく、暗示されるにとどまっているからなのだが、その隠れたテーマというのは、日本人の情けない卑屈さへの大江なりの怒りというようなものだ。敗戦後、日本人はアメリカの占領を受け入れるばかりか、積極的にアメリカに迎合しさえした。過去の世界の戦争の歴史を見るに、占領された民族というものは、だいたい占領者に抵抗するものだ。ドイツに占領されたフランス人もそうだったし、日本に占領されたフィリピン人もそうだった。フィリピン人は昔も今も親日的だなどと馬鹿げたことを言いふらすものがいるが、日本に占領されていた時期には抗日ゲリラ運動が盛んに行われていたのである。

ところが日本では、反米ゲリラ活動が起るどころか、国民はこぞって占領者を歓迎したのである。そこには、それまでの日本の指導者に対する幻滅が働いていたわけで、ある程度理解できないこともないが、それにしても、国をあげて勝者たるアメリカに屈従し、反抗の兆しも見せないとは、異常なことではないか。こういう思いを抱いた日本人が、しかしいないわけではなかった。小説はそういう想定のもとで、もう一つの「隠れた」物語を展開していくのである。

その物語というのは、日本人のなかにも、アメリカによる占領をよしとせず、ゲリラ活動によってその意思を表明し、以て日本人の卑屈な態度に反省を迫ろうと考えたものがいて、その者が計画したゲリラ活動に、大江少年と伊丹少年がかかわったというものなのである。この小説は、伊丹の死に直面した大江が、その死の原因を探ろうとするところから始まるのだが、いつのまにか自分と伊丹との少年時代の思い出へと横滑りしていき、果てはゲリラ活動の計画に巻き込まれるというふうに展開していくのである。結局ゲリラ活動は実行されず、日本はあいかわらずアメリカに屈従し続けるわけであるが、大江たちの心に傷のようなものを残した。その傷のようなものをかれらは「あれ」と呼んで、なんとかその体験を、自分らの得意な仕方で、つまり伊丹は映画で、大江は小説で、再現しようと考えるのだが、伊丹はそれを実行しないまま死んでしまった。一方大江のほうは、この小説を通じて、それを実現したというわけだ。もっとも、この小説の中のこの部分が、全くのフィクションである可能性はあるのだが。

伊丹の死因の探求から、悲壮なゲリラの話に移行するうえで、大江はいくつかの伏線を張っている。いきなり違う物語に移行してしまうと、読者は面食らうものだが、こうした伏線があるおかげで、スムーズに物語についていくことができる。ここではそうした伏線の一つを取り上げよう。主人公(大江)が何ものかに、それもかなりの年月をはさんで、三度も襲撃されるというものだ。最初の襲撃は、三人の若者がいきなり襲ってきたというもので、主人公は無抵抗のまま、足にひどい打撃を受ける。その結果、慢性的な疼痛に見舞われたりもするのだが、それが三度も繰り返されたにかかわらず、主人公は反撃の措置を一切とらない。泣き寝入りの状態で我慢し続けるのだ。それにはわけがある。自分を襲った若者らが、かつて自分らがまきこまれたあのゲリラ活動と何らかの関係があるのではないかと、主人公は推測し、もしそうなら、警察沙汰にすることで、あのゲリラの指導者と不愉快な状況で対面しなければならなくなる。それを恐れて主人公は、一切秘密にしておく決心をするわけなのだ。

もしあのゲリラの指導者が、若者らに自分を襲わせたのだとしたら、その理由はなにか。若者らは、自分の故郷の方言を話していたので、あの指導者はいまだに自分の故郷にいて、若者らを感化しているのであろう。その感化の成果が、自分を攻撃する任務を遂行するという形であらわれているわけだ。だが、それにしても、なぜあのゲリラの指導者は、自分を攻撃するのか。自分にはあの指導者を裏切ったという過去はなく、したがってこんな形で攻撃されるいわれはないのだが、それにもかかわらず、反撃する気持ちにならないのである。

このエピソードにからめて大江は、自分の持病である痛風についても物語の中に取り込んでいる。大江は、ほかの小説のなかで、痛風について触れることがあったが、それは食生活のせいだろうくらいに言っていた。ところがこの小説の中では、若者らに襲撃されて、足を痛められたことにともなう、外科的な症状だということにしている。大江にはこのような、日常生活のうえで気になっていることを、小説のなかでさりげなく取り上げる癖がある。これもまた、伊丹が批判する大江の自己言及癖の、ひとつの現われなのだろう。

ゲリラの指導者は、成人となった大江の前に現われることはなく、大江がベルリンから帰国した前後に死んでしまうのだが、その直後に、何者かが大江のもとに生きたすっぽんを届けてきた。添えられていた手紙には、大江が自分ですっぽんを料理するということを新聞で読んだ先師つまりゲリラの指導者が、大いに関心を寄せていたので、その意思を継いで、生きたすっぽんをあなたに贈ると書かれてあった。また、あなたにこれ以上迷惑をかけることもないと書かれてもいた。これで、大江を襲ったのがゲリラ指導者の意思によるものだったことが明らかになるわけである。

その大きな生きたすっぽんを、主人公は食べるあてもなく料理にとりかかるのだ。すっぽんの生命力は旺盛で、そう簡単には死なない。主人公の古義人は、悪戦苦闘しながら、また返り血を浴びて血みどろになりながら、すっぽんと格闘する。長い時間をかけてすっぽんを殺し、料理しようとするのだが、食べるあてはない。結局ごみ箱の中に突っ込んでしまうのだ。この場面の描写には鬼気迫るものがある。このすっぽんは、あのゲリラの指導者の、自分への思いを代弁する役割を果たしているのだろう。古義人に殺されてしまうわけだから、古義人には、あのゲリラの指導者を殺したいという願望があったのかもしれない。ともあれ、古義人には、次のような言葉が聞えてくるような気がするのだ。「あれほどのすっぽんの王に死後の魂がないなら、お前の死後の魂もないだろう」と。



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