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森鴎外「最後の一句」:献身


森鴎外が短編小説「最後の一句」を書いたのは大正四年の秋。時期的には、「山椒大夫」を書いて、一息いれていた頃である。鴎外は「安井夫人」で一女性の夫や家族への献身を描き、「山椒大夫」では姉の弟への献身を描いたわけだが、この「最後の一句」のテーマも献身である。しかも、子供が親の命を救うために自分が犠牲になるところを描く。その子供は、「いち」という十六歳の少女であるから、これも「安井夫人」以来の、女性の献身をテーマにしたものの延長上にある作品といってよい。

時代設定は元文三年(1738)、徳川時代のちょうど中頃である。大阪の船乗業桂屋太郎兵衛というものが、三日間さらされた後で斬首されるという高札が立った。それについて祖母と母親が話している様子を聞いた長女のいちが、父親を助けるための思案をする。それは自分の命をさしだすから、父親をたすけて欲しいというものだった。いちがなぜ、そんなことを思いついたか、鴎外は詳しく触れない。ただ、父親のかわりに自分たち子供を殺してくださいと歎願すれば、聞き届けてくださるかもしれない、そういちが思ったというのみである。

いちは妹と弟をともなって西町奉行所に赴き、したためておいた嘆願書を差し出そうとする。門番や与力とのあいだでひと悶着を起こしながらも、いちの嘆願書は西町奉行佐佐によって受領される。それを読んだ佐佐は、「不束な仮文字で書いてはあるが、条理がよく整っていて、大人でもこれだけの短文に、これだけの事柄を書くのは容易ではあるまいと思われる程である。大人が書かせたのではあるまいかと云ふ念が、ふと萌した。続いて、上を偽る横着者の所為ではないかと仕儀した」。

たまたま城代の太田が私用で奉行所を訪ねてきたので、佐佐は太田にその嘆願書を見せる。太田は佐佐から事情を聴いて、「余程情の剛い娘と見えますな」と感想をもらす。

徳川時代のことであるから、通常なら、すでに死刑の決まった事案について、たとえ家族からの歎願があったからといって、審議をやりなおすということはなかったはずである。ところがどういうわけか、いちの歎願は公式に取り上げられ、奉行所において取り調べられることとなる。小説のクライマックスは、奉行の質問に対していちが、理路整然とかつ毅然として受けこたえする場面である。

西町奉行の佐佐はじめ、役人たちによる事情聴取がなされ、いちはじめ子どもらが、父親のかわりに自分らが死にたいということには間違いなく、またそれは自分たちの意思によるものである旨が確認される。その上で、佐佐が、責道具のある方角を指さしながら、いちに向かって言う。
「お前の申立にはうそはあるまいな。若し少しでも申したことに間違があって、人に教えられたり、相談をしたりしたのなら、今すぐに申せ。隠しても申さぬと、そこに並べてある道具で、誠のことを申すまで責めさせるぞ」
それに対していちは、
「いえ、申した事に間違はございません」
と言い放つ。その目は冷ややかで、その言葉は静かであった。

佐佐が重ねて問う、
「そんなら今一つお前に聞くが、身代りをお聞届けになると、お前たちはすぐに殺されるぞよ。父の顔を見ることは出来ぬが、それでも好いか」
それに対していちは、
「よろしうございます」と、同じような、冷ややかな調子で答えたが、少し間をおいて、何か心に浮かんだらしく、
「お上の事には間違はございますまいから」
と言い足した。

「佐佐の顔には、不意打ちに逢ったような、驚愕の色が見えたが、それはすぐに消えて、険しくなった目が、いちの面に注がれた。憎悪を帯びた驚異の目とでも云はうか。しかし佐佐は何もいはなかった」

いちの願いはかなって、父親は死を免れた。いちの放った最後の一句が、役所を動かしたのである。その事について鴎外は、「(挑戦的な)孝女に対する同情は薄かったが、当時の行政司法の、元始的な機関が自然に活動して、いちの願意は期せずして貫徹した」と書いている。

行政司法の元始的な機関云々は脇へ置いて、この小説のモチーフがいちの献身にあることは間違いない。その献身を鴎外は、「マルチリウム」と呼び、その訳語としての「献身」という言葉さえ、当時はなかったほどで、要するに献身の概念を持たなかった当時の日本人が、一方では、献身的な行動に疑念を抱きながら、他方では事実上、それの持つ迫力に圧倒されたということに注目しているのである。

いちの献身が、「安井夫人」や「山椒大夫」における女性の献身の延長上のものだということは既述のとおりである。その献身的な女性の愛は、やがて「渋江抽斎」の五百において、理想化された形を取る。鴎外はどうも、献身を女性のもっとも尊い美質として見ていたようである。その献身は愛と強く結びついている。純粋な愛が人を献身に向かって駆り立てるのだ。献身を自ら決意する女性は美しい、というのが鴎外の偽らぬ気持ちたっだのではないか。鴎外は、男を描くときには、意地だとか面子だとか名誉だとか、或る意味つまらない尺度でしかものごとを考えられぬ偏頗な人間しか思い浮かばなかったようであるが、女性を描くときには、内面からして混じりけのない、純粋な美しさを認めることができたのではないか。


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